【説明しない勇気16】説得するほど壁ができる?MR・MSLのための「説明しない」ディテーリング術:質問型交渉の核心
「また考えておくよ」で終わらせない。医師の「やりたい」を引き出す逆転の対話術
製薬業界でMRやMSLとして活動していると、避けて通れないのが「提案の空振り」です。
最新のエビデンスを準備し、完璧なディテーリング資材を携えて面会に臨んだものの、先生からは「うーん、また考えておくよ」「今は現状で満足しているからいいよ」という一言。丁寧な断り文句に、肩を落として医局を後にした経験は、誰しも一度や二度ではないはずです。
私自身、現役時代は「なぜこんなに素晴らしいデータがあるのに響かないんだろう?」と悶々としていました。しかし、多くの交渉現場を経験し、数々の成功事例を分析する中で、ある残酷な事実に気づきました。
それは、「先生の頭の中が整理される前に、こちらが答え(製品やデータ)を押し付けてしまっている」ということです。
今回は、先生の「他人事」を「自分事」に変え、自然と提案が受け入れられるようになる「質問型交渉術」の核心についてお話しします。
なぜあなたの提案は「他人事」として流されるのか
提案が響かない最大の理由は、多くの場合、製品やデータの魅力不足ではありません。相手の「現状」や「課題」、そして「どうなりたいかという欲求」が、先生自身の言葉で言語化されていないからです。
想像してみてください。自分でも気づいていない、あるいは「まあ、こんなものか」と諦めている課題に対して、いきなり解決策を提示されても、それはお節介か、あるいは押し売りにしか聞こえませんよね。
多くのMRが陥る失敗パターンは、型通りの質問のあと、すぐに資料を広げて説明を始めてしまうことです。これでは、先生の心の中で「自分の都合だけを押し付けられている」という防衛本能が働いてしまいます。
プロの交渉術において重要なのは、「話す前に聞く」「確認するまで説明しない」という勇気を持つことです。相手の内側にあるニーズが言葉になって初めて、こちらの提案は「価値ある解決策」へと姿を変えるのです。
思考を深め、行動を促す「5つのステップ」
では、具体的にどのように問いかければ、先生自らが「今のままではいけない」と気づき、こちらの提案を求めてくれるようになるのでしょうか。私は以下の5つのステップを推奨しています。
1.現状を確認する
まずは、過去から現在まで、先生がどのような治療選択をされているのかを純粋に確認します。
2.欲求(理想と課題)を把握する
現状を確認した上で、その中にある「本当はこうしたい」という思いを引き出します。
3.現在の解決策(取り組み)を聞く
理想に近づくために、今すでに行っている努力を尊重しながら伺います。
4.未来を直面させ、欲求を再確認する
ここが最も重要です。改善された未来の喜びと、このまま放置した時のリスクをイメージしていただきます。
5.提案する
ここでようやく、あなたの出番です。相手の口から「なんとかしたい」という言葉が出てから、解決の手段を提示します。
このステップを踏むと、会話の主役は常に「先生」になります。あなたが説得するのではなく、先生が自らの思考によって「解決の必要性」に辿り着く。これが、質問型ディテーリングの神髄です。
現場で成果を出すための「三位一体」の構え
この5ステップを単なる「トークのテンプレート」として使うだけでは、不十分です。実務で効果を発揮させるためには、これまでのブログでもお伝えしてきた「好意・質問・共感」の三位一体が不可欠です。
特にステップ4の「未来を直面させる」場面では、相手を追い詰めるような冷たい言い方になってはいけません。「先生と共に、より良い診療を創りたい」という純粋な好意と、「先生の苦労を理解している」という深い共感があってこそ、鋭い質問も「自分を思ってのアドバイス」として受け入れられます。
製薬業界の営業・コミュニケーションスタイルは、今、大きな転換期にあります。一方的な情報提供(Push型)から、相手の気づきを支援する対話(Pull型)へ。
もし、あなたが「最近、先生との対話がマンネリ化している」と感じているなら、次の面会では、説明したい気持ちをグッとこらえて、ステップ1の「現状確認」から丁寧に始めてみてください。
先生が自分の悩みを打ち明け、あなたの提案を「待っていました」と受け取ってくれる瞬間。その手応えこそが、MR・MSLとしての本当の醍醐味だと私は確信しています。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
