【説明しない勇気21】「結論を言わない勇気」が、処方を変える。医師を能動的に変える「逆転の対話術」

説得の姿勢をやめると、医師は動き出す。相手に「結論」を委ねる極意

製薬業界のMRやMSLの皆さんなら、一度はこんな経験があるのではないでしょうか。「このデータは完璧だ」「これさえ示せば、先生は納得して処方を変えてくれるはずだ」と意気込んでディテーリングに臨んだものの、先生の反応は薄く、結局平行線のまま終わってしまう……。

私自身、製薬業界の現場にいた頃は、自社製品の強みをいかにロジカルに説明し、非の打ち所のない「結論」を提示するかに心血を注いでいました。しかし、良かれと思って丁寧すぎる解説をすればするほど、先生の心は離れていくように感じていたのです。

実は、私たちが「正解」を押し付けようとする姿勢そのものが、プロ同士の対話における「壁」になっていました。今回は、相手に「考えさせ、語らせる」ことで、嘘のように信頼と納得が深まる逆転のコミュニケーション術についてお話しします。

衝撃の指導:「君が結論を言うな」という教え

かつて私が、ある新薬のアドバイザリーボードで、日本全国から集まったトップクラスの大学教授十数名を前にプレゼンを行った際のことです。事前の打ち合わせで、座長を務める高名な先生から、私のプレゼン構成に対して厳しい、しかし今も忘れられない指導を受けました。

その先生はこう言われたのです。 「君が結論を言うな。」

製薬会社の立場から「このデータは有効であり、こう解釈されるべきです」と熱弁を振るえば振るうほど、先生方は「押し付け」や「誘導」と感じて、無意識に心理的な距離を置きます。出席されているのは、我々以上にデータの行間を読み、自身の臨床経験と照らし合わせて価値を判断できる専門家です。その方々に対して、こちらが用意した「正解」を押し付けることは、相手の専門性への敬意を欠く行為であり、信頼を損なう「有害」な振る舞いだったのです。

「説明過多は、信頼の損失につながる」。この言葉は、今の製薬業界における情報提供のあり方を象徴しているように思えてなりません。

自ら語った言葉が、揺るぎない「確信」に変わる理由

なぜ、こちらが結論を言うのではなく、相手に言ってもらう必要があるのでしょうか。そこには、強力な心理学的背景があります。

心理学には「コミットメントと一貫性」という原理があります。人は一度、自分の考えや立場を言葉にして公に表明(コミット)すると、その後もその言葉に一貫した態度をとろうとする強い傾向があります。

MRが「この薬は良いです」と100回説明するよりも、医師が一度「このデータを見る限り、あの患者さんにはこの薬が適しているね」と口にする方が、はるかに大きな効力を持ちます。自ら導き出した結論だからこそ、先生の中でそれは「確信」へと変わり、実際の行動(処方や推奨)へと結びつくのです。

理想的なディテーリングとは、客観的な事実(データ)のみを提示し、先生がそれをどう解釈するかを静かに見守ることです。そして、先生がこちらの望んでいた結論を口にしてくださった時に初めて、「そう言って頂けるとうれしいです」と、一人のパートナーとしての感情を表現する。これが、プロフェッショナル同士の理想的な交渉の姿です。

明日の面談から変える、「引き算」のディテーリング作法

では、日々の1対1の面談で、具体的にどう実践すれば良いのでしょうか。以下の4つのステップを意識してみてください。

質問から入る

 いきなり資料を広げず、まずは質問によって先生がいま最も関心を持っていること、解決したい課題を引き出します。

最小限の情報提供

 先生のニーズに対し、必要最小限の情報だけを口頭で簡潔に伝えます。この段階では、あえて詳細は語りません。

興味を待って資料を出す

 先生が「もう少し詳しく見せて」と興味を示した場合のみ資料を提示します。ここでも、すべてを読み上げるような説明は省きます。

解釈を委ねる

 資料を提示したら、すぐに解説せず、数秒の沈黙の後に「このデータを、先生はどう思われますか?」と問いかけます。

これにより、医師の脳は「受け身の聞き手モード」から、自らの臨床経験と照らし合わせる「能動的な思考モード」に切り替わります。情報が最も深く脳に刻まれるのは、他人の説明を聞いた時ではなく、自分で考え、答えを見つけた瞬間なのです。

「説明しない勇気」が、真のパートナーシップを創る

今の製薬業界では、デジタルの活用やコンプライアンスの強化により、画一的な情報提供が加速しています。しかし、そんな時代だからこそ、対面でのコミュニケーションにおける「質問型」の対話の価値は、かつてないほど高まっています。

「説明して納得させなければ」という焦りを一度手放してみてください。 相手の知性を信頼し、あえて「説明しない勇気」を持つ。そして、先生が自分自身の答えに辿り着くための「ガイド」に徹する。その姿勢が、先生にとって「この人は他のMRとは違う、信頼できるパートナーだ」と感じさせる決定的な差を生みます。

あなたが示したデータをもとに、先生が「ということは、〇〇な症例には使いやすいかもしれないね」と語り始める。その瞬間を目指して、明日の面談の設計を少し変えてみませんか?

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

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