【説明しない勇気23】「お願いします」を封印する。医師が自ら「使ってみたい」と口にする逆転のクロージング術
「お願いします」が壁を作る?医師の心が離れる「最後の一言」の正体
製薬業界でMRやMSLとして活動していると、避けて通れないのが面会の締めくくり、いわゆる「クロージング」の瞬間です。
一生懸命に資材を用いてディテーリングを行い、最新のエビデンスを提示した後、皆さんはどのような言葉で面会を終えているでしょうか。
「先生、ぜひこのような患者さんにご処方を検討お願いします!」 「次の薬審で、ぜひ申請をお願いいたします!」
かつての私もそうでした。何とかして「処方」や「採用」という結果を引き出したい一心で、最後にグッと力を込めて「お願い」をしていました。しかし、そう言った瞬間に先生の視線がスッと手元の時計に移ったり、「まあ、考えておくよ」という生返事で会話が途切れたり……。そんな経験を、数えきれないほど繰り返してきました。
実は、私たちが「勝負の決め台詞」だと思っているその一言が、プロフェッショナルである医師との間に、見えない壁を作っていたのです。今回は、無理な押し込みをせずとも、自然に合意へと導く「クロージングしないクロージング」の極意をお伝えします。
なぜ「お願い営業」は、医師の心にブレーキをかけるのか
医師は、論理的な思考を重視し、自らの価値判断に強い自負を持つプロフェッショナルです。その方々に対して、MRが「お願いします」と頭を下げる行為は、実は非常にリスクの高いコミュニケーションと言わざるを得ません。
なぜなら、「お願い」をされた瞬間、会話の主導権が「医師の論理」から「MRの都合」へと移ってしまうからです。
想像してみてください。あなた自身、誰かに頭を下げられたからといって、納得していないものを購入したことがどれほどあるでしょうか? もしあったとしても、それは「気の毒だから」という同情心によるもので、製品の価値を認めたわけではないはずです。
心理学には「心理的リアクタンス」という概念があります。人は他人から選択を強制されたり、自由を制限されたりすると、無意識に反発したくなる性質を持っています。MRの熱すぎるクロージングは、医師にとって「自分の判断を急かされている」というプレッシャーになり、結果として「また検討しておきます」(=これ以上話したくない)という拒絶を引き出してしまうのです。
「人は、自分が思った通りにしか動かない」。この原則を忘れてはなりません。
意思を引き出す「テストクロージング」という魔法
では、強引な一言を使わずに、どうやって合意形成を図るべきか。その答えが、「テストクロージング」の実践です。
これは、面会の終盤でいきなり結論を迫るのではなく、提案内容について「どう思われますか?」とシンプルに問いかけ、相手の思考を整理するプロセスです。
例えば、このようなステップで会話を進めてみてください。
- 所感を確認する「本日は副作用プロファイルと有効性についてお示ししましたが、先生はどう感じられましたか?」
- メリットを言語化してもらう「もし先生が、この薬剤を使用するとしたら、どのような患者さんでしたらメリットがありそうだと思われますか?」
- 「なぜ?」で深掘りする「なぜ、そのようにお考えになったのか、ポイントはどういう点でしょうか?」
このように「質問型」の対話を重ねていくと、医師は自ら「こういう症例なら使いやすいな」「今の薬剤で懸念している部分が解決できそうだ」と、頭の中でシミュレーションを始めます。
医師が自分の口からメリットや適応患者を語り始めたとき、それはMRへの回答ではなく、先生自身への「確信」へと変わります。ここまで来れば、無理なクロージングは不要です。むしろ、先生の方から「具体的にどう処方を出せばいいの?」という言葉が返ってくることも珍しくありません。
明日から現場で試せるアクションプラン:沈黙を味方につける
この技術を習得するために、明日から一つだけ意識してほしいアクションがあります。それは、「テストクロージングを投げた後、5秒間待つ」ことです。
多くのMRは、問いかけた後の「沈黙」に耐えられず、先生が答える前に「あ、もちろん他にも……」と補足説明を始めてしまいます。しかし、その沈黙こそが、先生が「自分の診療にどう活かすか」を真剣に考えている貴重な時間です。
Step 1: 面会の終盤に、結論ではなく「感想」や「懸念点」を問う。
Step 2: 相手が話し出すまで、穏やかな表情で待つ。
Step 3: 否定的な意見が出ても「共感」し、さらに「なぜそう思われるか」を深く聴く。
「検討します」という言葉が出たときは、実はチャンスです。「具体的にどんなところを検討をされるのか、お教え頂けますか?」と一歩踏み込むことで、表面的な断り文句の裏にある本音に触れることができるようになります。
説明の終わりが、対話の始まり
かつて「優秀な営業マンはクロージングしない」と教わったとき、私はその真意が理解できませんでした。しかし、製薬業界の数多の現場を見てきた今、確信を持って言えます。
真のクロージングとは、相手を説得することではなく、相手が自ら納得し、決断するための「最後の整理」に立ち会うことなのです。
「お願い」という手段で一時的な成果を得るよりも、質問を通じて医師の深い納得を引き出す。その積み重ねが、あなたを「情報を運んでくる人」から「診療の課題を共に解決するパートナー」へと引き上げます。
説明の時間は短く、対話の時間は深く。 「お願いします」を封印したとき、あなたのディテーリングは、医師の心を動かす本物の交渉術へと進化するはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
