【説明しない勇気24】最後の一言「ぜひお願いします」は必要ない!? 医師の主体性を引き出す「力まないクロージング」の極意!
医師が「それ、やってみよう」と自ら動き出す… 力まないクロージングの到達点
製薬業界の荒波の中で活躍するMRやMSLの皆さんなら、こんな「面会終わりのプレッシャー」を感じたことが一度はあるはずです。
「今日は良いディテーリングができた。でも、最後になんて言って締めくくればいいんだろう……」 「結局、採用に向けて具体的に動いてくれるのか、確証が持てないまま面会を終えてしまった」
私自身、製薬会社の現場にいた頃は、商談の終盤になると急に喉が渇き、心拍数が上がるのを感じていました。気合を入れすぎて「ぜひ、次の薬審で!」と力説し、先生の表情を強張らせてしまった失敗は数知れません。逆に、断られるのが怖くて「また次回……」と逃げるように切り上げてしまい、成果に繋がらない日々を過ごしたこともあります。
実は、クロージングとは「最後に勝負をかける一手」ではありません。本来は、これまでの対話で積み上げてきた納得感を、そっと確認するだけの「自然な儀式」であるべきなのです。今回は、医師の主体性を尊重しながら、確実に合意へと導く「力まないクロージング」の完成形についてお話しします。
決定打は「ささやき」でいい。テストクロージングが導く合意のプロセス
交渉術において、真のクロージングとは相手の感情を操作することではなく、相手の中に生まれた納得を「引き出す」プロセスに他なりません。そのために欠かせないのが、面会の途中で何度も投げかける「どう思いますか?」というテストクロージングです。
多くのMRが、先生の反応が想定と違うことを恐れます。しかし、「うーん、そこまでは必要ないかな」という言葉こそが、実は対話の本当の始まりです。その違和感にこそ、先生の真のニーズや懸念が隠されているからです。
テストクロージングを丁寧に積み重ねていけば、最後にかける言葉は驚くほどシンプルで、かつ力みのないものになります。私が推奨する「究極のクロージング」はこの一言です。
「それでは、具体的に進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
この言葉は、決断を迫る武器ではありません。相手の目を見て、聞こえるか聞こえないかほどの静かな声で構いません。これまでの対話の流れを確認し、最終的な判断のバトンを相手に優しく渡す――そんなニュートラルな表現です。
もし、ここまでの過程で先生の「現状」から「課題」を引き出し、共に「解決策」を議論できていれば、この一言すら必要ないこともあります。先生の方から「採用の手続きはどうすればいいの」「それ、一回使ってみるよ」と言っていただける状況こそが、質問型コミュニケーションの理想形なのです。
「欲求」と「未来」を直面させる。質問型交渉術のフレームワーク
なぜ、あえて「ささやくようなクロージング」で成果が出るのでしょうか。それは、提案に至るまでの「質問の順序」が、人間の心理プロセスに完璧に合致しているからです。
私たちが実践すべき質問型交渉術のフレームワークは、以下の流れで構成されます。
- 現状(Past to Present):まずは「今、どのような対応をされていますか?」と現状を確認します。
- 欲求と課題(Wants & Problems):その中での課題や、理想の状態を伺います。
- 解決策(Solutions):これまで先生が試してきた工夫を尊重しながら聞き取ります。
- 欲求の再確認(Face the Future):ここが肝です。「もし改善できれば、どんな未来が待っていますか?」というポジティブな側面と、「このままだと、どんな懸念がありますか?」という現状維持のリスクを、先生自身の口から語っていただきます。
- 提案とテストクロージング:相手のニーズが100%確認できた段階で、初めて「共創的な提案」を行い、「どう思われますか?」と反応を確かめます。
この流れの中で、「なぜ?」「たとえば?」「ということは?」という言葉を使い、先生の思考を深掘りしていきます。自分で「このままではいけない」「こうなりたい」と語った先生は、最後のクロージングの場面で、もはやあなたに説得される必要がなくなっているのです。
落とし穴は「自分のノルマ」に負けること。明日から試せるマインドセット
実務において陥りがちな最大の落とし穴は、MR自身の「焦り」です。上司からの詰めや採用期限が頭をよぎると、どうしてもステップを飛ばして「提案」や「お願い」を急いでしまいます。
しかし、急げば急ぐほど、医師は「自分の都合を押し付けられている」と察知し、心理的なガードを固めます。
明日からの現場で試していただきたいアクションは、「クロージングのトーンを意識的に下げること」です。
ディテーリングの最後に、いつもの1/2の音量で「具体的に進めてよろしいでしょうか?」と聞いてみる。
もし先生が迷っている素振りを見せたら、再び「どのような点が気にかかっていらっしゃいますか?」と質問に戻る。
クロージングとは、扉を力ずくでこじ開けることではありません。先生が自分から扉を開けて一歩踏み出すときに、そっと手を添えるような感覚です。この「引き」の姿勢こそが、忙しく、かつ専門性の高い医師から「この人は信頼できる」と選ばれる決定的なスキルになります。
信頼という土壌に、合意という実が結ぶ
交渉術や営業話法と聞くと、何か特別な魔法の言葉を探してしまいがちです。しかし、真実はもっとシンプルです。
「好意」を持って接し、真摯な「質問」で相手を理解し、深い「共感」で寄り添う。この三位一体のマインドセットさえあれば、クロージングはもはや特別な技術ではなくなります。
製薬業界を取り巻く環境は常に変化していますが、医師とMR・MSLという「人と人」の信頼関係の本質は変わりません。あなたが誠実に問いかけ、先生が自ら「未来の診療」を描き出すお手伝いができたとき、成果は後から自然とついてきます。
説明する勇気を一度手放し、問いかける勇気を持ってください。あなたの面会が、先生にとって「決断を迫られる苦痛な時間」から、「より良い医療を共に創るクリエイティブな時間」へと変わることを、心から願っています。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
