【説明しない勇気26】断られるのが怖いMR・MSLへ。トップドクターの本音をこじ開ける「否定疑問文話法」の威力
断られるのが怖い時の処方箋:医師の心理的負担を最小限にする「引き」の交渉術
製薬業界でMRやMSLとして活動していると、どうしても「高いハードル」を越えなければならない瞬間がありますよね。
重要顧客へのWeb講演会の視聴依頼、新規採用に向けた説明会の打診、あるいは少し踏み込んだ処方実態のヒアリング。医局の廊下で先生を待ちながら、「断られたらどうしよう」「忙しい先生に負担をかけるのは心苦しいな」と、つい弱気になってしまう気持ち、私も現役時代に何度も経験しました。
特に、関係性がまだ浅い先生や、常に多忙を極めるトップクラスの医師を前にすると、こちらの「お願い」がどうしても押し付けがましく聞こえてしまうのではないかと不安になるものです。その結果、声が小さくなったり、逆に無理に明るく振る舞って空回りしたり……。
実は、相手への配慮を示しながら、かつ高い確率で合意を引き出すための「魔法のような問いかけ方」が存在します。前回に引き続き、今回も心理学的アプローチに基づいた「否定疑問文話法」という、究極のコミュニケーション・スキルについてお伝えします。
相手の「No」をあらかじめ許容する:否定疑問文が心理的距離を縮める理由
私たちが何かを依頼するとき、つい「〜していただけませんか?」という直接的な表現を使いがちです。しかし、この聞き方は相手に「YesかNoか」の即断を迫るため、忙しい医師にとっては意外と心理的プレッシャーになります。
そこで活用したいのが、あえて否定文のように問いかける手法です。
通常の話法:「○○を、新規で処方していただけませんか?」
否定疑問文話法:「○○を、新規で処方していただくのは、やっぱり難しいでしょうか?」
この一言に変えるだけで、伝わり方は劇的に変わります。なぜなら、この問いかけには「先生がお忙しいことは重々承知しております」「無理強いするつもりはありません」という、相手の立場を慮った配慮が自然に内包されるからです。
心理学には「返報性の原理」というものがありますが、こちらが先に相手の状況を「考慮する」という譲歩を示すことで、相手も「そこまで気遣ってくれるなら、なんとか工面しようか」という心理になりやすくなります。
この話法は、以下のような場面で特に威力を発揮します。
難易度の高いクロージング
先生の真意(本音)を確かめたいとき
相手の領域に踏み込むセンシティブな質問
「質問」をして、もし先生が「いや、それくらいなら大丈夫だよ」と応じてくれたら、間髪入れずに心からの「ありがとうございます!」を伝えましょう。この「配慮ある問い」と「感謝」のセットだけで、ディテーリングは完結すると言っても過言ではありません。
その提案、あなたの「腹」に落ちていますか?
ただし、この話法は単なる「断られやすくするテクニック」ではありません。実務でこのスキルを使いこなすために、絶対に欠かせないマインドセットがあります。
それは、「その提案が、本当に先生や患者さんのためになると自分自身が確信しているか」という点です。
「会社から言われたから」「数字のためにノルマをこなさなきゃいけないから」という後ろめたさを抱えたまま否定疑問文を使うと、それは単なる「弱気な営業」に見えてしまいます。あなたの目から輝きが消え、言葉の端々に迷いがにじみ出るからです。
逆に、「この薬剤は、先生が悩まれている症例に役立つ部分は必ずある」と腹の底から信じていれば、同じ「難しいでしょうか?」という言葉にも、誠実さと熱意が宿ります。
また、一つ注意点があります。この話法は、目上の相手や医師に対しては非常に有効ですが、後輩や部下に対して使うと「期待されていない」「信頼されていない」というネガティブなメッセージとして受け取られるリスクがあります。あくまで、相手の専門性や立場を尊重するシチュエーションでこそ、その真価を発揮するスキルなのです。
テクニックの先にある「思いやり」が信頼を作る
製薬業界のコミュニケーションにおいて、MRやMSLに求められるのは、巧みな話術で相手を丸め込むことではありません。相手の状況を深く理解し、プロフェッショナルとしての敬意を持ちながら、共に最適な解決策を探る姿勢です。
「否定疑問文話法」は、その姿勢を形にしたものです。
「〜は難しいでしょうか?」と、相手に断る余地をあえて残しておく。
相手が応じてくれたら、全力の感謝を届ける。
何より、提案内容が相手のためになると自分自身が確信を持つ。
この3つを意識するだけで、先生との心理的距離はぐっと縮まり、あなたのディテーリングは「売り込み」から「価値ある対話」へと進化します。
明日の面会、いつもなら「お願いします」と言ってしまう場面で、あえて一歩引いて「難しいでしょうか?」と問いかけてみてください。先生の反応が、これまでとは違う柔らかいものに変わるはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
