【説明しない勇気29】なぜ「良かれと思ったアドバイス」で部下は動かないのか?社内の信頼関係を再構築する「質問型」対話術
1 on 1が「尋問」や「一方通行」に変わる瞬間
製薬業界の現場でマネジメントに携わる管理職の皆さん。部下との1 on 1ミーティングや同行後のフィードバックで、「話が深まらない」「部下の本音がどこにあるのか掴めない」と頭を抱えたことはありませんか?
私自身、製薬会社のマネージャーを務めていた頃、部下の育成には本当に苦労しました。数字の進捗が芳しくないMRに対して、「そうじゃなくて、もっとこうすべきだ」「あの先生にはこういうアプローチをしないとだめだろ」と、経験に基づいた解決策を次々と提示していたのです。しかし、良かれと思って伝えたアドバイスは、部下の心には響いていませんでした。結局、部下は「分かりました、次回からはそうします」という、まるで医師との面会で聞くような生返事を残し、行動が変わることはありませんでした。
実は、社内のコミュニケーションにおいても、医師との対話の場面と全く同じ「壁」が存在します。それは、相手が「自ら納得」していない限り、どんなに正しい正論も、ただの押し付けとして処理され拒絶されてしまうということです。
指示・命令を卒業し「自発性」を引き出す5つのステップ
多くのマネージャーが陥りがちな誤りは、部下の話を十分に聞かずにすぐに「答え」を提示してしまうことです。特に優秀なマネージャーほど、すぐに正解が見えてしまうので即座にアドバイスしてしまいがちです。経験豊富な皆さんから見れば、課題の解決策は火を見るより明らかかもしれません。しかし、部下が自分の頭で考え、課題に直面しない限り、改善意欲は生まれません。一方的なティーチングは、部下の思考力を奪い、依存体質を招くリスクすらあります。
そこで有効なのが、対話の主体を「質問」に置くフレームワークです。社内の合意形成や育成の現場でも、以下の5ステップに沿って対話を進めてみてください。
1.現状(今、何が起きているか?)
「今、担当エリアの状況は?」「面会で先生からはどんな反応があった?」
2.欲求(本来はどうなりたいか?)
「自分としてはどんな結果を残したい?」「その先生とどんな関係を築きたい?」
3.解決策(現在、何に取り組んでいるか?)
「その理想に向けて、今は具体的にどんな工夫をしているかな?」
4.欲求の再確認(未来に直面させる)
「もしそれが解決できたら、どんな気分になる?」「逆に、このままの状況が続くとどうなりそうかな?(解決策を知りたいと思うかな?)」
5.提案(初めて答えを示す)
「それなら、一つ私から提案があるんだけど、聞いてみるかい?」
もうお気づきの方もいると思いますが、このフレームワークは、これまでにお伝えしてきた「質問型交渉術」のフレームワークそのものです。そして、このステップの肝は、1〜4のプロセスで「コーチング」に徹し、部下自身の口から「今のままではいけない」「改善したい」という欲求を引き出すことにあります。そして部下の解決策を欲しいという欲求が高まった状態で初めて行う「提案(ティーチング)」は、驚くほど素直に受け入れられるようになります。
組織を動かす「共感」と「質問」の連鎖
このアプローチは、部下育成にとどまりません。例えば、上司への提案や、MA・マーケティング部門といった社内の部門間での合意形成(クロスファンクショナルなプロジェクト)においても極めて強力な武器になります。
多くのプロジェクトが暗礁に乗り上げるのは、互いの「正論(ロジック)」をぶつけ合ってしまうからです。しかし、「質問型」のスキルを身につければ、まずは相手の部署が抱えている「現状」や「課題」を丁寧に傾聴することから始められます。「他部門の皆さんは、この状況をどうしたいとお考えですか?」と問いかけ、相手の欲求に共感を示すことで、心理的な安全性と信頼の土壌が生まれます。
信頼という土壌が整ってから、「ということは、私たちが協力して〇〇という問題を解決できれば、全体にとってメリットがありますよね?」と収束させていく。このプロセスこそが、組織内での「交渉力」の正体です。ディテーリングという対外的な活動で培ったスキルは、実は社内のコミュニケーションを円滑にし、リーダーシップを発揮するための最強のスキルなのです。
「答えを教えない勇気」が、強いチームを創る
「質問型」のコミュニケーションを実務に取り入れることは、最初はもどかしく感じるかもしれません。答えを教えた方が早い、と感じる場面も多いでしょう。新入社員の場合はそれでも良いかもしれません。しかし、自分の考えを強く持っている部下ほど、教えたい気持ちをグッと堪えて問いかける「答えを教えない勇気」を持つことが、結果として組織の成長を加速させます。
部下が自らの口で「次からはこうしてみます」と宣言したとき、その言葉には「コミットメント」が宿ります。自発的に動く部下が増えれば、マネージャーである皆さんの負担は減り、より本質的な戦略立案に時間を使えるようになります。
明日からの部下との1 on 1では、まず「最近どう?」という現状確認から始め、すぐにアドバイスしたくなる気持ちを抑えてみてください。先生との対話で培った「質問」と「共感」の力を、ぜひ身近な仲間にも向けてみてください。チームの空気感と数字が、劇的に変わり始めるはずです。
より深い対話術や、具体的な社内調整のスキルに関心をお持ちの方は、ぜひ日々のコミュニケーションを「問い」から設計し直してみませんか。その一歩が、あなたを「指示命令する上司」から「共に歩むリーダー」へと進化させるはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
