【説明しない勇気31】なぜ、最新のエビデンスを伝えても医師の心は動かないのか?成果を劇的に変える「交渉の定義」の再構築

「検討しておきます」という壁に突き当たるMR・MSLの共通点

製薬業界の最前線で活動するMRやMSLの皆さん、日々このような壁に直面していませんか?

「完璧なディテーリング資料を準備し、最新のエビデンスを分かりやすく説明した。それなのに、先生からは『検討しておきます』という、体裁の良い断り文句しか返ってこない……」

かつての私もそうでした。講演会の案内や新薬の情報提供において、「いかに相手を説得するか」「いかに自社製品のメリットを分からせるか」ということばかりに全神経を注いでいたのです。しかし、こちらが「説得」を試みれば試みるほど、医師の表情は硬くなり、本音で語り合えるような懐に入ることは叶いませんでした。

実は、この「行き詰まり」の原因は、話法やスキルの不足ではありません。私たちが無意識に持っている「営業」や「交渉」に対する定義そのものにありました。

 

交渉とは「説得」ではなく、最良の結果を導く「共創」のプロセス

多くの人が「営業=販売」「交渉=説得(あるいは譲歩)」と捉えがちです。しかし、この定義で医師と向き合っている限り、真の信頼関係は築けません。

本来、営業や交渉とは勝ち負けの駆け引きではなく、相手の課題を共に見つけ出し、双方にとって最良の結果を導き出す「協働のプロセス」です。

古今東西の偉大なリーダーや先駆者たちは、ビジネスの本質について共通の真理を述べています。名著『人を動かす』の著者として知られるデール・カーネギーは「相手が何を望んでいるかを考えることの大切さ」を説き、日本の経済界に多大な影響を与えた経営者、稲盛和夫氏は「利他の精神」こそが巡り巡って自らの成果につながると語りました。

これを製薬業界の実務に置き換えると、ディテーリングとは単なる「売り込み」ではなく、先生の診療における課題解決を支援する「価値の提供」になります。また、交渉も「自社品の採用」を迫る場ではなく、先生が大切にしている治療方針と、こちらの提供できるソリューションをいかに合致させるかという「信頼の交換」へと変わります。

この「お役立ち」の精神こそが、交渉の核心です。テクニックに走る前に、目の前の先生に対して純粋に「お役に立ちたい」という誠実な心で向き合う。この土台があって初めて、質問型のアプローチやトークスキルが命を宿し、相手の心を開く鍵となるのです。

 

「自社都合」を捨てたとき、医師は「パートナー」に変わる

では、具体的にどのようにマインドセットを切り替えればよいのでしょうか。

まず意識すべきは、「こちらの言いたいこと」ではなく、「先生が解決したいこと」にフォーカスすることです。多くのMRは「今日こそはこのデータを説明しなきゃ」という自社都合のゴールを持って面会に臨みます。しかし、その焦りは非言語の信号として相手に伝わり、警戒心を招きます。

一度、そのゴールを脇に置いてみてください。そして、純粋な好奇心を持って、先生が日々向き合っている患者さんのこと、診療で感じているもどかしさ、あるいは研究へのこだわりについて問いかけてみるのです。

心理学には「返報性の原理」がありますが、こちらが先に相手の状況を深く理解しようとする「利他的な姿勢」を示すことで、相手もまた「この人の話なら聞いてみよう」という心理的なゆとりが生まれます。

「説明する」ことを目的とするのをやめ、「先生の課題解決を支援するパートナー」としてその場に立つ。この視点の転換だけで、ディテーリングの質は劇的に変わります。先生から「実は最近、こういう症例で困っていてね……」という本音が漏れ出したら、それが真の交渉が始まったサインです。

 

信頼を礎にした「お役立ち」が、一生モノの成果を生む

私たちは、薬という極めて重要な製品を通じて、医療の質を向上させるという崇高な役割を担っています。だからこそ、小手先の交渉術に頼るのではなく、ビジネスの原点である「利他の精神」を自身の核に据える必要があります。

「営業とは、お役立ちである」

このシンプルな定義を胸に刻んでみてください。相手の望みに焦点を当て、誠実に向き合い続けることは、一見遠回りに見えるかもしれません。しかし、その積み重ねが築く信頼関係は、競合他社がどれだけ優れたエビデンスを持ち込もうとも決して揺らぐことのない、あなたの最強の武器になります。

日々の激しい数字目標や競争の中にいると、つい「自分たちがどう売るか」ばかりを考えてしまいがちです。そんな時こそ、深呼吸をして自分に問いかけてみてください。

「私は今日、先生にどのようなお役立ちができるだろうか?」

この「問い」から始まるコミュニケーションこそが、あなたを単なる情報提供者から、医師にとってなくてはならない存在へと進化させるのです。マインドセットが変われば、言葉が変わります。言葉が変われば、相手の反応が変わり、結果としてあなたの成果も最大化されていくはずです。

より深い対話の技術や、具体的な質問の設計についても、この「心」のあり方を土台にして一緒に磨いていきましょう。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

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