説明しない勇気 6

「話したいのに話せない」――そんなMRの葛藤、ありませんか?

新しいデータ、画期的な作用機序、競合品に優位性のある臨床成績。
MRとして、医師に「これはぜひ伝えたい」と思う情報があるときほど、実際の面談ではうまく話せなかった…そんな経験はないでしょうか?

こちらは自信満々で「これはウケるはずだ」と思っていた話題が、いざ医師に切り出そうとした瞬間、遮られたり流されたり。しまいには、最後まで話す時間さえもらえずに面談終了。

一方で、あまり話すことがないと思っていた日に、なぜか会話が盛り上がる。
この“ねじれた現象”は、実はMR活動における大きな落とし穴なのです。

情報を「話すこと」がリスクになる時代

医師との面談時間は、年々短くなっています。
「短時間で成果を出す」ことが現場で求められる中、つい面談の冒頭から要点を詰め込んでしまいがちになりますよね。

しかし、ここに落とし穴があります。
医師の関心がまだ温まっていない状態で情報を提示してしまうと、その情報は「ありがた迷惑」になってしまうのです。

例えば、こんなやり取りを耳にしたことはありませんか?

MR「本日は新しい有効性データをご紹介させていただければと…」
医師「いや、今それはいいから」
MR(…話す前に終わった)

このように、相手の“聞く準備”が整っていないタイミングで情報を差し込んでも、成果にはつながりません。
むしろ、「売り込み臭がする」「押し付けがましい」と捉えられてしまう危険さえあります。

さらに、私たちMR・MSLには「販売情報提供活動ガイドライン」「公正競争規約」など、表現に対する明確な制限もあります。
言いたいことをそのまま言うだけでは、法規制にも、信頼にも、成果にも逆風となる可能性があるのです。

「説明する前に聞く」――質問が信頼をつくる

こうした背景の中で、私が一貫しておすすめしているアプローチがあります。

それが、話したいことを説明する前に「聞く」ことから始めるというスタンスです。

例えば、“確認質問”のような言葉を冒頭に入れてみるのも良いでしょう。

質問には、2つの意味があります。

  1. 医師の関心領域を可視化できる
  2. MR側の“話す姿勢”を抑え、聞く姿勢を示せる

これは単なるマナーや配慮ではなく、戦略的なコミュニケーション設計です。

人間は「自分が話したいこと」には意識が向き、「聞きたいこと」でなければシャットダウンしてしまう傾向があります。
つまり、相手が“今、気にしているテーマ”を確認することで、「そこに関心があるなら、実はこんな情報が…」と自然に情報提供につなげることが可能になるのです。

「説明しない勇気」を持つことがプロの証

製薬業界において、MRやMSLはもはや「情報を伝える人」ではなく、「信頼関係を築く人」であることが求められています。

その意味で、「説明することを我慢する判断力」こそが、プロフェッショナルの証だと私は考えています。

事実、私が関わってきた優秀なMRの多くは、面談の7〜8割を“聞くこと”に徹し、情報提供は医師のニーズが明らかになった瞬間だけ、最短で的確に行っています。

そして、「あのMRは話を聞いてくれる」「無駄な話をしない」と医師の信頼を獲得し、次のアポイントにもつながっていくのです。

話したいことをあえて“封印”する。
その判断は、一見すると成果から遠ざかるように思えるかもしれません。
しかし実際は、その沈黙こそが、医師の信頼を獲得する最大の布石になることも少なくありません。

伝える前に整える、「間」と「関係性」

「この情報を伝えたい」「この話なら刺さるはず」
そう思ったときこそ、立ち止まって考えてみてください。

  • 今、このタイミングは最適だろうか?
  • 医師との関係性は、情報提供に適している状態だろうか?
  • まずはどんな質問から入れば、自然な流れが生まれるか?

“話す前に聞く”という逆説的な姿勢が、これからの製薬パーソンに求められるスキルです。

「説明しないことで信頼される」
この感覚がつかめた瞬間、あなたの交渉力・対話力は一段上のフェーズに進むはずです。

次の面談では、ぜひ“説明を減らす”というチャレンジをしてみてください。
その一歩が、医師の心を開く扉になります。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(2025年9月19日配信)。

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