説明しない勇気 12
「質問型」なのに、なぜ質問がうまくいかないのか?
MRやMSLの方と現場同行する中で、「質問型のトークを意識しているんですが、なかなか深い話にならなくて…」という声をよく耳にします。
確かに、「質問で相手のニーズを引き出す」というコンセプトは魅力的です。ロジカルで再現性が高く、営業スキルとして研修でも取り入れられやすい構造ですよね。私自身、製薬会社で多くのMRと同行しながら、SPIN話法や質問テンプレートを使って対話力を高めようと試行錯誤してきました。
でも、どうでしょう? 医師との会話で“構造的な質問”を重ねた結果、冷たい反応をされたり、「何を聞き出したいの?」と怪訝な顔をされたりした経験はありませんか?
その違和感の正体――今回はそこを掘り下げてみたいと思います。
欧米流のSPIN話法が現場で空回りする理由
SPIN話法は、営業研修でも広く知られる優れたフレームワークです。
状況 → 問題 → 示唆 → 解決 という流れで質問を重ね、相手の課題とニーズを顕在化させていく、非常に洗練されたアプローチです。
ただ、現場でよくあるのが、少し学んだSPIN話法を「忠実にやろうとして逆効果になる」パターンです。
たとえば医師が「この薬、あまり効きが良くない気がするんだよね」と言ったとき、SPIN的に返すとすれば、
「それによって患者さんにどんな影響が出ていますか?」
「その結果、先生の診療にどんなご負担がありますか?」
といった示唆的な質問が続くわけですが、これが“論理を押しつけられている”ように聞こえてしまうことがあるのです。
さらに、YES/NOで誘導されたり、データで説得されそうになると、医師側は一気に警戒モードに入ります。
実際、私がある大学病院の教授と面談同行したとき、若手MRが熱心にSPIN話法を展開していたのですが、教授は「ロジックで丸め込まれるのは好きじゃない」と笑いながらバッサリ。
その後、何も質問せずただ「それ、先生はどう感じますか?」と返しただけで、会話の空気が柔らかくなり、話が弾んだことをよく覚えています。
つまり、質問の構造や順序よりも、「誰が、どんな気持ちで問いかけているか」が問われているのです。
「質問型」の本質は、“質問”ではなく“好意と共感”
私が現場で意識しているのは、質問の前に「好意」と「共感」の土台を築くことです。
- 好意とは、「この先生に興味がある」「もっと知りたい」という気持ち
- 共感とは、「その視点、すごくよく分かります」と相手の世界に入り込む姿勢
この2つが伝わっていないまま質問を連投すると、どれだけ構造が洗練されていても、“尋問”や“売り込み”に感じられてしまいます。
ある開業医の先生がこんなことをおっしゃっていました。
「私の話をちゃんと聞いてくれるMRはありがたいし信頼できますね」
逆説的ですが、質問を減らすほど信頼が生まれるという場面もあるのです。
このように、好意と共感を意識することで、自然な対話の中からニーズが浮かび上がってくるのです。
質問は武器ではありません。「信頼の証」としての対話のきっかけなのです。
信頼される質問型交渉術は、“自分のあり方”から始まる
私が日々実感しているのは、交渉術とは「話し方のスキル」ではなく、“自分のあり方”そのものだということです。
相手に対してどんな感情を抱いているか
どんな姿勢で会話に臨んでいるか
“売るため”ではなく“役立つため”に質問しているか
その一つひとつが、無意識に相手に伝わります。特に、医師のように人の感情の機微を察する力が鋭い相手に対しては、表面的なテクニックよりも「人として信頼できるか」のほうが圧倒的に影響力を持つのです。
あなたがもし、「質問してもうまくいかない」と感じているなら、それは質問の内容が問題ではないかもしれません。
“この人になら、話してもいい”と思ってもらえる雰囲気を作っているかどうか――そこから見直してみてください。
“質問の技術”より、“人としての姿勢”を磨こう
MR・MSLとして日々医師と向き合っている皆さんは、ただ情報を届けるだけの存在ではありません。信頼関係の中で、医療現場に本当に役立つ情報や視点を“共創”するパートナーです。
その信頼の第一歩は、「うまい質問」ではなく「この人と話すと安心できる」という印象を持ってもらうこと。
だからこそ、質問の前に整えるべきは、自分の“スタンス”です。
- 相手を敬意をもって見る
- 表面的な言葉ではなく、気持ちに共感する
- 「聞きたい」よりも「知りたい」という誠実な興味を持つ
そうした姿勢があってこそ、質問は初めて意味を持ちます。
次の面談では、まず「今日はどんな気持ちで先生に会っているか?」を自分に問いかけてみてください。
きっと、会話の空気が変わるはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
