【説明しない勇気80】誰が通報しているのかに怯える前に。不適切ディテールのリスクをゼロにする「誠意と共感」の質問型交渉術
見えない「通報の影」に怯える現場――コンプラ遵守の真の壁とは
製薬業界の最前線で活動する
MRやMSLの皆さん、
あるいはメンバーの活動を支え、
コンプライアンスの徹底と
成果の両立に日々頭を悩ませている
マネージャーの皆さん。
最近、現場でのディテーリングにおいて
「どこか窮屈さ」や「息苦しさ」
を感じてはいないでしょうか。
「この表現はガイドラインに抵触しないだろうか」
「あのドクターの質問にどこまで答えていいのか」
コンプライアンス意識が高まる一方で、
不適切ディテールとして報告される恐怖から、
当たり障りのない無難なトークしかできず、
結果として医師から
「検討しておきます」
とそっけなくあしらわれてしまう。
私自身、製薬業界の現役時代には、
厳格化する規約を前に、
びくびくしながら医局を訪問していた
時期がありました。
「誰かに通報されるかもしれない」
という見えない恐怖は、営業の積極性を奪い、
コミュニケーションを著しく萎縮させます。
しかし、数多くの現場を経験し、
数々の事例を分析する中で、
ある重要な真実に気がつきました。
不適切ディテールを通報する「矢」は、
実は私たちが思っているよりも
はるかに身近なところから放たれています。
そしてそれは、単なるルール違反の摘発というよりも、
日頃の人間関係やコミュニケーションの歪みから
生まれているのです。
通報の火種は「内容」ではなく「感情」――不適切ディテールが報告される3つのルート
そもそも、不適切ディテールを
誰が報告しているのか。
その答えは、あなたの
“すぐそばにいる誰か”
であると考えるべきです。
不適切ディテールに関する報告には、
概ね次のような3つの報告者パターンがあります。
① 医師、薬剤師などの医療従事者
特に院内の薬事・倫理委員会や監査担当者、
監視モニターの先生方
② 他社のMRやMSL
現場で激しいシェア争いを
繰り広げているライバル
③ 自社内の社員または元社員
匿名での内部告発など
ここで強く認識すべき
心理学的な事実があります。
それは、通報の引き金になるのは、必ずしも
「明確な規約違反の内容そのもの」
とは限らないという点です。
むしろ、相手が抱いた
「不快感」「不信感」「反感」といった
“感情の揺らぎ”がきっかけになることが
圧倒的に多いと考えられます。
つまり、「説明内容」より
「態度」「姿勢」「印象」といった
非言語の要素が通報の火種になるのです。
心理学において、人間は
好意を持っている相手のミスには寛大になり、
嫌悪感を抱いている相手のミスには
厳格になる傾向があります。
たとえば、日頃から誠実かつ丁寧に接し、
医師の診療に貢献しようと
している担当者であれば、
説明内容に万が一軽微な逸脱が
あったとしても、
「先生、今のは少し行き過ぎた表現でした」
と言えば、
「今後は気をつけてくださいね」
と、その場での注意で済むケースが
ほとんどです。
それに対して、横柄な態度をとったり、
売上目標や自社の都合ばかりが透けて見える
売り込み中心の姿勢をとったりした場合は
どうでしょうか。
ほんの些細な逸脱であっても、
医師や周囲のスタッフ、あるいはそれを見ている
他社のライバルから
「これは不適切だ」
と強く感じられてしまう。
そこに“通報”という具体的な行動が生まれるのです。
不適切ディテールは、“規約違反”というよりも、
日頃の“不誠実”から発生していると言えます。
「説得」を捨てて「お役立ち」に徹する――リスクを未然に防ぐ3つの行動原則
では、この目に見えないリスクを
根本から防ぎ、医師との間に
誰よりも強固な信頼関係を築くためには
どうすればよいでしょうか。
私は、明日からの現場で即座に実践できる
「3つの行動原則」を推奨しています。
1. 「正しく伝える」より「正しく受け止められる」ことを意識する
私たちはつい、自社製品の
素晴らしいエビデンスを
そのまま正確に説明しようと
躍起になります。
しかし重要なのは、それが
「ドクターの立場でどう聞こえるか」です。
相手にどう伝わるのかを
相手の目線で考え、
常に相手の感情を意識した
伝え方を心がけることが、
話法の第一歩となります。
2. 「お役立ち」の姿勢を鮮明に示す
ディテーリングの目的を
「自社の数字のため」から
「医師・薬剤師、そしてその先にいる
患者さんへの貢献のため」へ
と完全にシフトさせます。
自社の都合ではなく、医療現場への
「お役立ち」
を軸に置いて話すことで、
独りよがりな売り込み臭さは消え去り、
医師の聞く耳を創ることができます。
3. “説得”ではなく“好意・質問・共感”のスタンスを貫く
医師を強引にコントロールしようとする
説得型の営業は、強い反感を生みます。
そうではなく、相手の治療信条に好意を持ち、
質問型アプローチで臨床の現状や相手の悩みを
丁寧に引き出し、その苦悩に深く共感する。
この姿勢こそが、
コンプライアンスの枠組みを守りながら
信頼を構築する最大の鍵となるのです。
皆さんの日々の活動を
振り返ってみてください。
目の前の医師を
「説得すべき対象」
として見ていませんか?
それとも
「共に患者さんを救うパートナー」
として尊重できているでしょうか。
信頼とは日々の態度の「積分値」――ルールを超えた人間力で選ばれるプロへ
MRやMSLが現場で問われているのは、
単なる知識の量や説明の正確さだけでは
ありません。
「この人は人として信用できるか」
「また次回も話を聞いてみたいか」という、
非常に人間的な評価軸が大きく影響しています。
信頼とは、過去の行動や態度の
“積分値”
として相手の評価に反映されます。
小さな約束を必ず守る、
質問には誠実に調べて丁寧に回答する、
相手の立場や価値観を100%尊重した言動を
積み重ねる。
こうした小さな誠実さの継続こそが、
長期的に見て圧倒的な信頼の差を
生み出すのです。
ルールやガイドラインは、
プロフェッショナルとして活動するための
最低限の土台にすぎません。
その上に乗るべき
「信頼される振る舞い」があって初めて、
持続的な関係と成果が築かれます。
「誰が刺すのか(通報するのか)」
と周囲を疑い、恐れるのを止め、
「なぜ刺されるのか」
を自らに問いかけてみてください。
その問いの先にある真摯さ、誠実さ、
そして
「お役立ち」
の精神を磨くことこそが、
あなたを本当のプロフェッショナルへと
導くのです。
厳格なルールの壁を鮮やかにクリアし、
医師から
「あなただからこそ安心して相談できる」
と言われるための具体的なトーク設計や、
医師の真意を引き出すための
質問型コミュニケーションについて、
さらに深い学びを始めてみませんか?
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
