説明しない勇気 2
「説明」しないという、もう一つの誠実さ
現場で活動するMRやMSLの皆さんにとって、「どれだけ丁寧に説明できるか」は、まさに日々の業務の基本だと感じている方も多いはずです。かつて私自身もそうでした。最新のエビデンスや作用機序をきちんと整理し、質問される前に先回りして不安や疑問を潰していく。それがプロとしての誠意であり、医師の信頼を得る近道だと信じていたのです。
ところが、あるベテラン医師にこう言われて、私ははっとしました。
「君の説明は丁寧だけど、こっちの状況や気持ちは見てないよね」
誠意のつもりが、結果として一方通行の情報提供になっていた。この出来事が、私のコミュニケーションスタイルを根本から見直すきっかけとなりました。
「説明=誠意」の落とし穴
製薬業界に限らず、営業やリエゾンといった“伝える職種”の多くでは、「説明力」が重視されがちです。しかし、それが行き過ぎると、「相手の思考を止めてしまう危険な行為」になりかねません。
特に現代は、医師も私たちも日々膨大な情報にさらされています。論文、学会、講演会、WEBサイト、SNS…。あらゆるメディアから押し寄せる情報洪水の中で、必要なのは「より多くの説明」ではなく「本当に必要なものを導き出す問い」なのかもしれません。
つまり、どれだけ“正しく伝えたか”ではなく、“相手にどう伝わったか”が重要なのです。
「説明しない勇気」が信頼をつくる
これは単なるテクニックではありません。説明を控えるとは、沈黙することではなく、「相手の頭と心が動く余白」を意識的につくることです。
たとえば、以下のような問いかけをイメージしてください。
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- 「先生はこのタイプの患者さんに、どんな点を重視されますか?」
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- 「もしご不安な点があるとしたら、それはどの部分でしょう?」
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- 「この疾患領域で最近印象に残った症例はありますか?」
これはSPIN話法でいう“Situation(状況)”や“Problem(問題)”の領域にあたる質問です。こちらから一方的に情報を出すよりも、相手の文脈・経験・感情を引き出すことに価値があるのです。
実際、私が「あえて説明を控え、質問を中心に面談を組み立てる」というスタイルに変えてから、医師との関係性は劇的に変わりました。医師が自ら課題を語り、私の情報提供を「必要な支援」として受け止めてくれるようになったのです。
なぜ「質問」が信頼を生むのか?
質問には3つの効果があります。
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- 関心を示す
相手に質問するという行為は、「あなたに興味があります」というメッセージになります。説明よりも強く誠意を伝える手段です。
- 関心を示す
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- 主役はあくまでも相手
医師は多忙で時間も限られています。その中で「話すかどうかの選択」を相手に委ねる姿勢は、信頼の基盤となります。
- 主役はあくまでも相手
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- 情報を“引き出す”
相手が本当に考えていること、感じていることは、こちらが語るのではなく、相手自身の口から語られるべきです。
- 情報を“引き出す”
説明とは「押す」行為、質問とは「引く」行為です。現代の情報過多の時代では、後者のほうがはるかに信頼され、記憶に残ります。
「伝える」より「引き出す」ための練習
実践するには、次の2つの視点を持つことが効果的です。
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- 「相手の思考を促す質問」か?
単に答えを得るための質問ではなく、相手が自分の状況や価値観を見直すきっかけになる問いかけを意識します。
- 「相手の思考を促す質問」か?
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- 「説明したくなったとき」こそ質問する
特に医薬品の新情報やデータを説明したくなる場面では、あえて説明を止めて「どんな情報を求めているか?」と質問することを意識してみてください。
- 「説明したくなったとき」こそ質問する
このスタンスを繰り返すうちに、相手が自然と語り始めるようになります。そして、そのとき提供する情報は「自ら選ばれた情報」として、より深く受け入れられるのです。
説明しないことは、逃げではない
一見すると、「説明しない」のは仕事を放棄しているように思われるかもしれません。しかし実際には、その裏にある「観察力」「傾聴力」「質問力」が、交渉スキルとしての真価を発揮します。
医師との関係性がうまくいかない、あるいはメッセージが響かないと感じるとき。それは説明が足りないのではなく、ほとんどの場合対話が足りないのです。
これからの時代、MR・MSLとして本当に求められるのは、「説明がうまい人」ではなく「質問がうまい人」です。
信頼を築く問いを、今日からひとつ
ぜひ、次の面談でひとつだけ「説明を削って、質問に置き換える」ことを試してみてください。たとえば、
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- 「この薬剤のデータについてご説明します」→「こういったケースのデータについてはご興味はありますか?」
この小さな転換が、信頼構築への第一歩となります。
一方的な説明から、双方向の対話へ。
私たちの仕事は、ただ伝えることではありません。相手とともに価値を見出していく――そんなコミュニケーションを築くスキルが、これからの製薬業界にとってますます重要になるはずです。
プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。