説明しない勇気 3

「説明しても聞いてくれない…」という現場の悩み

「医師って、ほんとに話を聞いてもらうの難しいですよね…」

これは、私が、MRやMSLの方々からとても頻繁に聞く言葉です。現場に立つ皆さんなら、一度や二度どころではなく、「アポイントが取れない」「説明しても反応がない」「話す前に断られた」――そんな経験があるのではないでしょうか。

私自身、かつては全国のドクターに足を運び、同じように苦労してきました。けれどある時から、ある原則に気づき、それを徹底することで面談の質が劇的に変わったのです。

今回はその第一歩となる「認識の転換」についてお伝えします。


医師は「説明」で動かない、質問で動く

医師という存在は、あらゆる顧客の中で最も交渉難易度が高い相手です。なぜなら、彼らは単なる「購入者」ではなく、命を預かる専門家だからです。

  • 最難関の医学部を突破した知的エリート
  • 専門領域における深い知識と臨床経験
  • 忙殺される診療・学会・研究・地域活動
  • 圧倒的な時間的制約と高い情報リテラシー

これらの背景を持つ医師は、「営業トーク」に時間を割く余裕も必要性も感じていません。そして一方、MRやMSLもまた、薬機法や販売情報提供活動ガイドライン、公正競争規約といった複雑な規制の中で、慎重な表現・内容での情報提供を求められています。

つまり、「説明すること自体」が非常に難しい環境にあるのです。

では、この状況を打開するにはどうするか?

答えは明確です。「説明」ではなく「質問」に切り替えること。それも雑談的な質問ではなく、戦略的に設計された質問によって、医師の中に眠る“関心”や“ニーズ”を引き出すというアプローチです。

質問型のコミュニケーションには、次のような効果があります:

  • 話すよりも、聞く姿勢が相手に安心感を与える
  • 一方的な情報提供よりも、相手の「思考」を活性化する
  • 本人も気づいていなかった課題や興味を顕在化できる

私が推奨しているのは、SPIN話法(Situation, Problem, Implication, Need-Payoff)や「なぜ?」「たとえば?」「ということは?」といった対話誘導技法の活用です。これらを用いれば、限られた面談時間の中でも、医師の心の扉を少しずつ開くことができます。

“伝える”から“引き出す”へ――現場での変化

例えば、ある循環器内科の医師に対し、製品特性を一方的に説明していた時期には、いつも「もう知ってるよ」という顔をされ軽くあしらわれていました。

しかしある時からこのような感じに切り替えたのです。

「先生、最近の虚血外来では、どんな患者さんのケースに困られることが多いですか?」

最初は訝しげに見られるかもしれませんが、質問の意図が「売り込み」ではなく「より的確な情報提供のため」であると伝わると、先生の表情が緩み、現場の課題を率直に語ってくれるようになります。

その後、課題に関係のある論文やガイドラインを持参し、

「先日お話にあったケースのためにも、こういった臨床成績も参考になるかもしれませんが、既にご存じでしたか?」

と問いかけるだけで、以前とはまるで異なる「対話」が生まれます。

質問は単なる会話の道具ではなく、交渉の主導権を握るためのツールです。そして、こちらが話すのではなく、相手の言葉で語ってもらうことによって、真の関係性が築かれます。

このような視点に立てば、あえて「説明しない」ことが戦略的な選択であることはお分かり頂けるのではないでしょうか。


交渉力とは「話す力」ではなく「聞く技術」

医師とのコミュニケーションが難しいのは、皆さんが未熟だからではありません。相手が「プロ中のプロ」だからです。だからこそ、相手の時間と知性を最大限に尊重しなければならない。そしてその最良の方法が「説明」ではなく「質問」なのです。

あなたがもし、「最近、面談がうまくいかない」「話が一方通行になりがち」と感じているなら、まずは質問の質を見直してみてください。

どんな情報を引き出したいのか、そのためにどんな問いを投げかけるのか――ここに交渉術の核心があります。

製薬業界において、MRやMSLが果たすべき役割は「伝える人」ではなく、「引き出す人」です。

次の面談から、あなたもぜひ“説明しない勇気”を持ってみてください。相手の言葉に耳を傾け、良質な問いを重ねることで、今まで見えなかった信頼の扉が開かれるはずです。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

\ 最新情報をチェック /

    類似投稿

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です