説明しない勇気 9

「どの医師にも同じ話をしてしまう」から抜け出せていますか?

「先生、先日お渡しした資料はご覧いただけましたか?」

そんな問いかけに、にこやかにうなずいてくれる医師もいれば、無言でカルテに向かい続ける先生もいます。あるいは、「見たけど、それで今日は何?」とピシャリと返されることも……

MRMSLとして日々多くの医師と向き合う中で、なぜ同じ資料・同じ説明でも反応がまったく異なるのか、不思議に思ったことはありませんか?

実はそこには「医師にもタイプがある」という視点が欠けていることが多いのです。私も、製薬会社の社員として何百回と医師と話をする中で、ようやくその重要性に気づきました。今回は、医師とのコミュニケーションを最適化するための視点の切り替えについてお伝えします。

 

「医師のタイプ」を知ることで面談の質が一変する

私がこれまで現場で出会ってきた医師たちを振り返ると、「診療科」や「施設規模」といった外形的な違いでは説明できない対応の違いが見えてきました。そこで、思考パターンや関心の向きを軸に、医師を6つのタイプに分類してみたのです。

1)医者タイプ

2)学者タイプ

3)研究者タイプ

4)政治家タイプ

5)経営者タイプ

6)サラリーマンタイプ

このような分類はラベリングではなく相手のニーズを知る手がかりとして使うこと。一人の医師が複数のタイプを併せ持つこともありますし、状況によって優先する価値観が変わることも珍しくありません。

 

医師の無意識のニーズを見抜く視点を持とう

面談の中で、「この先生はどういう人だろう?」という視点で観察を続けていくと、ふとした質問や反応から、その人が何に価値を置いているかが見えてきます。

たとえば、ある医師が「この前の論文、○○の数値があやしい気がするね」と言ったとき、それを単なる突っ込みと捉えるか、「この先生は統計の精度に強く反応する=学者タイプ」と気づくかで、その後のトーク展開は180度変わります。

このように、日常の面談から相手のタイプを読み取り、それに応じて話の切り口を変えていくと、信頼のスピードが格段に速くなるのです。

実はこの「タイプを読む力」は、心理学でいうパーソナリティ診断価値観分析にも近いものがあります。人は、自分の価値観を理解してくれる相手に対して、自然と心を開くものだからです。

 

医師の「タイプ別対応力」が、あなたの交渉力になる

私が現場でMRと同行する中でもっとも大きく成果を左右するのは、「話す内容」よりも「どう見極め、どう合わせたか」です。つまり、交渉術の核心は観察力対応力にあると言っても過言ではありません。

「自社の新薬について説明する」という同じテーマでも、ある医師には「患者さんには何をどう使いますか?」という入り方が有効であり、別の医師には「この論文ではこういった考察をされていますが先生はどうお考えですか?」と切り出した方が刺さる。

MRMSLのコミュニケーションスキルは、トークのうまさではなく相手を理解する深さで磨かれていくのだと思います。

「この先生、どのタイプに近いだろう?」
「反応から見ると、今はどの価値観を強く持たれているだろう?」

そんな問いを頭の片隅に置いておくだけでも、次の一言が変わります。結果として、面談の流れも成果も変わっていくのです。

 

相手を知ることから始まる、質問型の営業スキル

営業活動、情報提供活動、学術的な交渉――呼び方は違えど、私たちの仕事の本質は「対話を通じて信頼を得ること」にあります。

そのためには、「話す」よりもまず「見抜く」こと。「説明」よりも「引き出す」こと。

今回紹介した医師の6タイプは、そのための思考の補助線にすぎませんが、日々の面談に取り入れてみるだけでも、対話の深さと広がりは確実に変わってきます。

もし最近、「医師との会話がなんだか噛み合わない」「何を話しても響かない」と感じているのであれば、まずは相手の価値観の地図を描くことから始めてみてください。

そこからが、MRMSLとしての本当の交渉のスタートです。

 

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

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