【説明しない勇気 14】「話を聞いてくれない先生」が心を開く瞬間の秘密――MR・MSLのための「質問型交渉術」の本質
「話を聞いてくれない先生」との距離が劇的に変わる、たった一つの視点
製薬業界でMRやMSLとして活動していると、必ずと言っていいほど直面する壁があります。それは、「こちらの話に全く耳を傾けてくれない先生」や「常に厳しい態度で接してくる先生」の存在です。
私自身、製薬業界の最前線にいた頃は、そうした先生との面会前には足がすくむ思いでした。「今日は何を言われるだろうか」「きっとまた、話を途中で遮られるに違いない」。そんな不安を抱えながら、手元の資料ばかりを気にして、形式的な「お願い説明」を繰り返していた時期があります。
しかし、多くの交渉現場やコンサルティングを通じて気づいたことがあります。医師とのコミュニケーションがうまくいかない最大の理由は、こちらの説明スキルや資材の質ではなく、実は「こちらの心の構え」そのものにあるということです。
今回は、難しい相手との関係性を180度変え、本音を引き出すための「質問型」交渉術の本質についてお話しします。
論理を超える「非言語のメッセージ」:なぜ技術より先に心なのか
「質問型」でアプローチする際に、多くのMRやMSLが「どんな質問をすれば、先生は心を開いてくれるのか?」というトークスキルに注目します。しかし、実務において、質問の内容以上に重要なのは、その質問を投げかける前の「心のあり方」です。
心理学の知見を持ち出すまでもなく、私たちは相手が自分に対して「敵意」を持っているか「好意」を持っているかを、驚くほど敏感に察知します。特に、日々多くの人間と対峙している医師は、MRの焦りや「数字のために説得しよう」という下心を一瞬で見抜きます。
ここで重要になるのが、「好意」と「敬意」の先出しです。
私が交渉スキルを磨く中で確信したのは、優れた交渉者ほど、面会の数分前に自分の感情を完璧に整えているという事実です。
「この先生は、なぜあんなに厳しい態度を取るのだろう?」 「その態度の裏には、患者さんを守るためのどんな信念があるのだろう?」
このように、相手を「拒絶の対象」として見るのではなく、純粋な好奇心を持って一歩引いて眺めてみてください。相手を否定するのではなく、その言動の背景にある「大切にしているもの」を想像する。このプロセスが、あなたの表情から険しさを消し、声に温もりを与えます。
「私はあなたに関心があり、敬意を持っています」という非言語の信号が伝わって初めて、あなたの言葉は相手の心に届く「信頼の橋」になるのです。
「詰問」を「共感」に変える、プロのディテーリング作法
信頼関係が不十分なまま質問を重ねると、それは往々にして「詰問」や「尋問」に変わります。
「先生、今の処方の決め手は何ですか?」 「ガイドラインと乖離があるのはなぜですか?」
これらは正論かもしれませんが、相手からすれば土足で踏み込まれたような不快感を与えかねません。ここで鍵となるのが、「真の共感」です。
共感とは、単に「おっしゃる通りですね」と相槌を打つことではありません。相手の感情や価値観に寄り添い、「あなたの置かれている状況や、その時のお気持ちを私は受け止めました」という姿勢を全身で表現することです。
例えば、先生が「忙しくて新しい薬のことなんて考えている暇はないよ」と仰ったとき。
「そうですよね。でも、この薬は時短にも繋がるメリットがありまして……」というような一般的な軽い共感に切り返しの言葉を入れてしまいがちです。しかし、相手の立場を本当に理解しようと心がけ、相手の「今」の感情を一度しっかりと受け止めるような問いかけの言葉を伝えることで、初めて相手の心に「この人は自分のことを分かってくれようとしている」という安心感が生まれます。この安心感こそが、本音を語ってもらうための絶対的な前提条件なのです。
質問型の神髄は「お役に立ちたい」という純粋な熱意にある
交渉やディテーリングは、論理をぶつけ合って相手を言い負かす場ではありません。究極的には、「この人のお役に立ちたい」という熱意を、質問という形に変えて届ける行為です。
もし今、あなたが特定の先生との関係に悩んでいるのなら、次回の面会前に一度だけ試してみてください。車のシートで、あるいは病院の廊下で深呼吸をし、心の中でこう唱えるのです。
「私はこの先生のパートナーとして、心からの敬意を持って接する」
不思議なことに、自分自身の心が整うと、相手の厳しい言葉も「何かを教えてくれているヒント」に聞こえるようになります。そして、あなたの瞳に宿る真剣さと、唇に浮かぶ自然な笑みが、相手の頑なな心を解きほぐしていくはずです。
製薬業界を取り巻く環境は厳しさを増していますが、だからこそ「人対人」の信頼関係を築けるスキルの価値は高まっています。あなたの誠実な「好意」と「共感」が、最良の治療を支える大きな力になることを信じています。
より深い信頼関係の構築や、具体的な質問の組み立て方について、さらに学びを深めたい方は、ぜひ実際の現場でのエピソードを振り返りながら、自身の「心の制御力」を意識してみてください。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
