【説明しない勇気 15】なぜ、あのMRの言葉は響くのか。医師の感情を揺さぶる「ラポール形成」の本質

「話を聞く」だけでは不十分?医師の心に深く届く「3つの傾聴」

製薬業界の最前線でMRやMSLとして活動していると、誰もが一度は「先生との会話が盛り上がらない」「こちらのメッセージが表面を滑っている気がする」という壁にぶつかります。

「相槌も打っているし、先生の話を最後まで遮らずに聞いているはずなのに、なぜか距離が縮まらない……」。私自身も、かつては医師との面会の後にそんなもどかしさを抱えながら病院の廊下を歩いていました。

実は、私たちが研修で学ぶ「聞く」という行為と、プロの交渉現場で求められる「聴く」という行為には、決定的な違いがあります。それは、「聞く技術」を駆使しているか、それとも「感じる力」を研ぎ澄ましているかという点です。

今回は、単なるディテーリングを超えて、医師から「この人は自分のことを分かってくれている」と信頼されるための、本質的なコミュニケーション・スキルについて深掘りしていきましょう。

傾聴の3つの次元:情報ではなく「感情」を同期させる

コミュニケーションにおいて、相手の信頼を勝ち取るための起点となるのが「傾聴」です。しかし、傾聴は決して「黙って聞くこと」ではありません。私は、傾聴には以下の3つの次元があると考えています。

 

1.言語的傾聴(言葉で示す)

いわゆる「相槌」や「オウム返し(バックトラッキング)」です。「なるほど、〇〇という状況なのですね」と、先生の言葉を整理して返す技術です。これは基本ですが、これだけだと「マニュアル通りに聞いているな」と見透かされてしまうリスクもあります。

 

2.身体的傾聴(態度で示す)

非言語コミュニケーション(ノンバーバル)の領域です。うなずきの深さ、前のめりの姿勢、視線の合わせ方、そして何より「間(ま)」の取り方です。先生が言葉を探しているときに、焦って次のトークを被せず、じっと待つ。この「待てる力」が、相手に安心感を与えます。

 

3.感情的傾聴(気持ちを伝える)

ここが最も重要です。先生が発した事実(情報の裏側にある「喜び」「苦労」「葛藤」などの感情を共に感じることです。「それは、本当に大変なご決断でしたね」「その結果が出たときは、すごく嬉しかったのではないですか?」という言葉は、事実に対する確認ではなく、心に対する共鳴です。

心理学の世界では、相手と同じ感情を共有することを「ラポール(架け橋)形成」と呼びますが、特に多忙を極める医師にとって、自分のプロフェッショナルな苦労を「感情レベル」で理解してくれるパートナーは、極めて稀有な存在なのです。

「私はあなたの味方です」という無言のメッセージ

なぜ、ここまでして「共感力」を磨く必要があるのでしょうか。それは、MRやMSLの皆さんが担う役割が、単なる「情報提供者」ではなく、先生の「意思決定のパートナー」だからです。

どんなに優れたエビデンスや資材を提示しても、そこに不信感があれば情報は届きません。逆に、「この人は私の置かれている立場を理解し、同じ方向を向いている」と感じてもらえれば、提案の受け止め方は劇的に変わります。

共感とは、一言で言えば「私はあなたの味方です」という姿勢を明確に伝える技術です。

想像してみてください。先生が新しい薬剤に対して慎重な姿勢を見せたとき、あなたならどう反応しますか? すぐに「でも、データでは……」と反論するのは、対立の構図を作る行為です。一方で、「先生が患者さんの安全を第一に考え、慎重になられるのは当然のことです。その懸念を払拭するために、本日はこのデータをお持ちしました」と寄り添うのは、味方としてのスタンスです。

質問によって心の扉をノックし、共感によってその扉を開けてもらう。このスムーズな流れができて初めて、あなたのディテーリングは「売り込み」から「お役立ち」へと昇華されるのです。

今日から現場で実践できる「共感のスイッチ」

「そうは言っても、感情を共有するのは難しそうだ」と感じるかもしれません。でも、難しく考える必要はありません。まずは、先生の言葉の語尾や表情に現れる「形容詞」に注目してみてください。

「困っているんだよね」「驚いたよ」「期待していたんだけど……」

こうした感情のキーワードが出てきたら、それが共感のチャンスです。その言葉を拾い上げ、自分も同じ温度感で受け止める。その積み重ねが、大きな信頼の貯金となります。

管理職や教育担当の皆様におかれましても、メンバーのロールプレイングを指導する際、トークの内容(何を聞くか)だけでなく、その時の表情や「相手の感情をどう拾ったか」という観点を評価に加えてみてください。現場での成約率や関係維持率に、如実な差が現れるはずです。

 

武器としての「共感力」をその手に

営業や交渉の技術は多々ありますが、最終的に人の心を動かすのは「人間力」であり、その核となるのが「共感」です。

医師の専門性を尊重しつつ、パートナーとして対等に渡り合うための交渉術。それは、相手を論理で論破することではなく、相手の心に寄り添いながら、共に最適な答えを見つけ出していくプロセスに他なりません。

あなたが日々磨いているその専門知識に、この「共感力」という強力な武器を掛け合わせることで、面会の質は必ず劇的に進化します。

「説明する」ことを一度手放し、まずは「相手を感じる」ことから始めてみませんか? その一歩が、あなたと医師の関係性を、これまで以上に深く、揺るぎないものにしてくれるでしょう。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

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