【説明しない勇気17】「また営業が始まったな」と思われないために。焦るMRが陥る「早すぎる提案」の罠と脱出法
提案は「最後の1ピース」:焦るMRほど陥る罠
製薬業界でMRやMSLとして日々活動していると、私たちは常に「何かを伝えなければならない」というプレッシャーにさらされています。「新薬のメリットを早く伝えたい」「競合品との違いを認識してほしい」……。そうした熱意ゆえに、ついやってしまいがちなのが「早すぎる提案」です。
先生の反応が少し良くなった、あるいは「今の治療に少し不満がある」という言葉がチラッと見えた。その瞬間、私たちはここぞとばかりに最新の資材を取り出し、「実はこんなデータがありまして!」と説明を始めてしまいます。
しかし、その結果はどうでしょうか。先生の表情がふっと曇り、「あぁ、また営業が始まったな」と思われる空気を感じたことはありませんか?
私自身、現役時代は「ニーズが見えたら即提案」が鉄則だと思い込んでいました。しかし、多くのトップMRの振る舞いや、心理学に基づいた交渉術を研究する中で、ある決定的な真実に至りました。それは、「相手が自分自身の問題に心から直面する前に出す提案は、ただの押し付けになる」ということです。
今回は、提案を「断られるもの」から「待ち望まれるもの」へと変えるための、究極のタイミングとプロセスについてお話しします。
思考の階段を一段ずつ登る:気づきを引き出す「5ステップ」
先生の「他人事」を「自分事」に変え、最終的にこちらの提案をすんなり受け入れてもらうためには、相手の思考を段階的に深めていく必要があります。それには、前回のブログで紹介した以下の5つのステップを意識した「質問型」の対話が極めて有効です。
1.「現状」を客観的に共有する
まずは、先生が現在どのような治療を行い、どのような推移を辿ってきたのかを確認します。
2.潜在的な「欲求」を言語化する
現状の中に潜む課題や、「本当はこうしたい」という理想の姿を先生自身の口から語っていただきます。
3.これまでの「解決策」を尊重する
先生がこれまで積み重ねてきた努力を伺います。ここを飛ばすと「否定された」と感じさせてしまいます。
4.未来に「直面」し、欲求を再確認する
改善できた時の喜び、あるいはこのまま放置した時のリスクを実感していただきます。
5.最高のタイミングで「提案」する
これらすべてを経て、先生の中で「なんとかしたい」というエネルギーが最大になった時に、初めて解決策を提示します。例えば、「実は、その課題をクリアする方法があるんですが。ご説明しましょうか?」
このプロセスで最も重要なのは、「5番目の提案は、最後の1ピースに過ぎない」という考え方です。パズルの枠組み(現状、欲求課題、解決策、直面)が完成していないところにピースを置こうとしても、「提案」は決してはまりません。
なぜ「うっすら見えたニーズ」で動いてはいけないのか
実務において、多くのMR・MSLがステップ2や3の段階で、焦って「提案」に踏み切ってしまいます。それは、毎月のノルマや上司への報告、あるいは「先生の役に立ちたい」という純粋すぎる焦りが原因かもしれません。
しかし、心理学的に見れば、人は「自分で気づいたこと」に対してしか、本気で行動しようとは思いません。こちらがニーズを見つけるのではなく、先生が自分自身のニーズに「気づく」のをサポートする。このスタンスの転換こそが、プロの交渉スキルです。
提案とは、相手が気づいたことに対し、その先の道筋をそっと示す行為です。じっくりと傾聴し、共感し、丁寧に質問を重ねる。この「一見遠回りに見えるプロセス」こそが、実は成約への最短ルートなのです。
特に今の製薬業界では、Web面談や制限の多い対面など、限られた時間でのコミュニケーションが求められています。だからこそ、闇雲に説明を詰め込むのではなく、先生の心の中に「問い」を投げかけ、思考を整理するお手伝いをする。その余裕が、あなたへの圧倒的な信頼へとつながります。
「説明」を捨て「質問」で導くパートナーへ
もし今、あなたが「提案がなかなか採用されない」「関係性が平行線のままだ」と感じているなら、一度「説明する勇気」ではなく、「説明しない勇気」を持ってみてください。
目の前の先生を説得しようとするのをやめ、先生が自分自身の「理想の診療」を再確認するためのガイド役に徹するのです。
「好意・質問・共感」の三位一体を持ち、5つのステップで丁寧に思考を紐解いていく。その過程で築かれた信頼の土壌があれば、あなたの提案は「営業トーク」ではなく、先生の悩みを解決する「福音」として受け入れられるようになります。
今日からのディテーリングでは、最後の「提案」を出す前に、心の中でこう問いかけてみてください。 「今、先生の中に、私の提案を受け入れるための『パズルの枠組み』は完成しているだろうか?」
この視点を持つだけで、あなたのコミュニケーションは劇的に、そしてより豊かなものへと変わっていくはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
