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【説明しない勇気42】医師に「選ばれる人」と「避けられる人」の決定的な違い。成果を急ぐほど遠ざかる、信頼構築のパラダイムシフト

「説明しても響かない」という壁の正体

製薬業界の最前線でMRやMSLとして活躍している皆さんは、日々こんな「見えない壁」に突き当たっていないでしょうか。

「最新のエビデンスを丁寧に説明しているのに、先生の反応がどこか冷ややかだ」

「何度足を運んでも、当たり障りのない会話だけで終わってしまい、懐に入れない」

「クロージングをかけると、決まって『また検討しておくよ』とはぐらかされる」

かつての私も、まさにこの壁にぶつかっていました。

当時は「製品の知識が足りないのか?」「もっと効果的なプレゼン資料の説明の仕方を考えるべきか?」と、自分の「武器」を磨くことばかりに必死でした。しかし、今ならはっきりと分かります。反応が良くないのは、武器の問題ではなく、私たちが無意識に抱えている「自分都合の視点」が、相手に透けて見えていたからなのです。

いわゆる「販売志向」、つまり「どうすればこの製品を売れるか」という出発点から会話を組み立てている限り、医師にとって私たちは「自分の仕事を邪魔しに来る人」というカテゴリーから抜け出すことができません。

相手を中心に置く「マーケティング志向」が、ディテーリングを価値提供に変える

医師との信頼関係を劇的に変える鍵は、視点を180度転換させる「マーケティング志向」にあります。これは、自分の都合を一度横に置き、徹底的に「相手の立場」に立って物事を捉える姿勢のことです。

「どうすればこの先生の診療の役に立てるか?」

「この先生が診ている患者さんにとって、今ベストな選択肢は何か?」

こうした問いを出発点に据えると、私たちの情報提供活動は、単なる「製品紹介」から「価値提供」へと昇華します。では、具体的に「相手の立場に立つ」とはどういうことでしょうか。私は次の2つのプロセスが不可欠だと考えています。


体験する:現場の空気を肌で感じる

 かつて松下幸之助氏は、猛暑の万博で自社のパビリオンに並ぶ一般客の苦労を自ら「体験」し、即座に来場者へ日除けの紙の帽子を配るという決断を下しました。MRやMSLにとっても、医師がどのような環境で診察し、どれほど多忙なスケジュールをこなしているのかを、現場の状況(外来の混雑具合やスタッフの動きなど)から肌で感じ取る努力が欠かせません。


想像する:相手の悩みの深層に触れる

 体験した事実に基づき、相手がどんな葛藤を抱えているのかを想像する、あるいは体験できないことは自らが体験したかのように想像します。たとえば、ある副作用を懸念して処方をためらっている医師がいたとします。その際、「データ上は安全です」と説得するのが販売志向。一方、自分が医師の立場だったら患者さんとどんなやりとりをするのだろうかと想像しながら「先生は、患者さんに不利益を与えることをこれほどまでに重く受け止めていのだ」とその責任感に共感し、懸念を解消するための具体的な解決策を共に探るのがマーケティング志向です。

この「深い共感」こそが、どんな洗練されたトークスキルよりも、医師の心を動かす強力なエネルギーになるのです。

「売る」ことを手放したとき、成果は後からついてくる

マーケティング志向を実践する上で、多くの方が抱く不安があります。それは「相手のことばかり考えていたら、自社の数字が上がらないのではないか?」という懸念です。

しかし、事実は逆です。販売志向で強引に押し込んだ「取引」は、その場限りで終わります。一方で、相手に喜ばれることを追求した結果生まれるのは、強固な「関係性」です。前述の松下幸之助氏の万博での日よけの紙の帽子は、来場者のためを思って配布した結果、松下電機という会社は非常に大きな広告効果を得たのです。

製薬業界における交渉術とは、相手を論破することでも、無理に首を縦に振らせることでもありません。相手の課題を解決し、喜んでもらった結果として、自社の製品が選ばれていく「仕組み」を整えることなのです。

もしあなたが今、ディテーリングの突破口が見つからずに悩んでいるなら、一度「どう売るか」という悩みをゴミ箱に捨ててみてください。その代わりに、「どうすればこの先生に喜ばれるか」というシンプルな問いだけを自分に投げかけてみてください。視点が変われば、掛ける言葉が変わり、相手の表情が劇的に変わるのを実感できるはずです。

信頼という名の資産を積み上げる、明日からの最初の一歩

「マーケティング志向」は、一朝一夕に身につくテクニックではありません。それは、日々のコミュニケーションの積み重ねの中で育まれる「姿勢」そのものでもあります。

医師は日々、膨大な情報提供を受けています。その中で、ただ「売りたい人」として扱われるのか、あるいは「自分の診療を深く理解し、支えてくれるパートナー」として迎えられるのか。その差は、あなたが面会室のドアをノックする瞬間に、どちらの「志向」を胸に抱いているかで決まります。

まずは明日、一番話しにくいと感じている先生の前に立ったとき、「先生が今日、一番解決したいことは何だろう?」と想像することから始めてみませんか。

「喜ばれて売れていく」という理想の状態は、あなたが「説明したい」という欲求を抑え、相手のニーズに真摯に耳を傾けることから始まります。その小さな一歩の積み重ねが、将来的に揺るぎない成果と、プロフェッショナルとしての深いやりがいをもたらしてくれるでしょう。

一過性の数字ではなく、一生モノの「信頼」を築くために。今日から視点を変えて、現場に向き合っていきましょう。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

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