【説明しない勇気63】ひたすら頭を下げる「平謝り」が医師を激怒させる理由。謝罪のつもりで信頼を破壊するワースト3の地雷とは
誠意を示したはずなのに許されない——謝罪が引き起こす最悪の空回り
製薬業界の最前線で活躍するMRやMSLの皆さん、そして日々現場のメンバーを育成し、トラブル対応をマネジメントしている上司・マネージャーの皆さん。日々の医師とのコミュニケーションにおいて、予期せぬ不手際や手違いが発生した際、このような痛切な課題に直面したことはないでしょうか。
「こちらの誠意を伝えようと必死に頭を下げたのに、かえって先生の怒りを増幅させてしまった」
「思い切って謝罪の言葉を口にしたのに、まったく許してもらえず、医局への出入りが難しくなってしまった」
ディテーリングや人間関係が順調な時期には本音で話せていたはずなのに、たった一度のトラブル対応の誤りで、これまで築き上げた関係が一瞬にして崩壊してしまう。こうした危機に直面したとき、多くの担当者は焦りと重圧から、ただ盲目的に「申し訳ございませんでした」という言葉を連発してしまいます。
しかし、言い方やタイミングを誤れば、それは関係を修復するどころか、さらに状況を悪化させる“逆効果の言葉”となってしまいます。
今回は、謝罪の本質を見失うことで陥る「悪い謝罪」のメカニズムを解き明かし、現場のピンチをチャンスに変えるための最初のマインドセットについてお伝えします。
信頼を損なう「悪い謝罪」の構造と、医療現場におけるパワーバランス
謝罪の本質とは、単に「すみませんでした」と罪を認める行為ではありません。傷ついた信頼の修復を図るための「対話の再起動ボタン」であり、相手との関係性を未来に向けて再構築するための極めて高度なコミュニケーションのステップです。
謝罪の成否を分けるのは、たったひとつ。「心」が有るか否かです。しかし、私たちの製薬業界では、説明責任やコンプライアンスの意識が高まる一方で、形だけのトークスキルや保身に走る話法が目立ち、医師に「心が伝わらない」と判断される最悪の謝罪が後を絶ちません。
信頼を完全に破壊してしまう「悪い謝罪のワースト3」を、心理学的背景とともに深掘りします。
ワースト①:嘘や隠ぺいを含んだ謝罪
トラブルが起きたとき、その場の気まずさから不都合な真実を伏せたり、事実を小出しにして小手先で取り繕おうとしたりする謝罪です。
医療という命の現場を預かる医師は、何よりも「正確性」と「透明性」を重んじます。このような不誠実な隠ぺいは、後になって必ず事実が露見します。
そのときには単なるミスではなく「意図的な裏切り」と認識され、二度と面会すらしてもらえないほど信頼回復は不可能になります。
ワースト②:言い訳や責任転嫁が混じった謝罪
「はい、申し訳ありません。でも、こちらにも事情がありまして……」
「社内のシステムエラーが原因でして……」
といった、言い訳がましく責任の所在を曖昧にする話法です。
「でも」「しかし」という逆接のフレーズが続いた瞬間、どれほど頭を下げていても誠意は一気に霧散します。
医師は、製薬会社のプロとして“責任を果たす姿勢”を見ています。自己防衛の透けて見える言い訳は、誠意の対極にあるものとして激しい嫌悪感を抱かせるのです。
ワースト③:表情や態度が不誠実な謝罪
言葉ではお詫びのトークを口にしながらも、相手の目を見ずにそらす、あるいは苦笑いのような表情でごまかそうとする態度です。
医師と製薬企業の間には、常に高度なプロフェッショナル同士の緊張感があります。形だけの謝罪文を読み上げるような不誠実な姿勢は、「謝る気がない」「自分を見くびっている」と判断され、怒りの火に油を注ぐことになります。
「温度差」が怒りを大爆発させる――過剰な平謝りという盲点
これらワースト3の他に、実務の現場で特に注意しなければならない「悪い謝罪」があります。それが、良かれと思ってやってしまいがちな過度な謝罪、すなわち「過剰な平謝り」です。
私がまだキャリアの初期、学術部の担当者として本社から上司とともに、ある高名な大学教授を訪問したときのことです。新規研究会の立ち上げについて面会し、上司が状況を説明すると、その教授は「話が少し違うのでは?」と不満の表情を浮かべました。その緊迫した瞬間、同席していた現場の営業課長が動揺し、「大変申し訳ございませんでした!」と、ひたすら頭を下げ続け、お詫びの言葉を連発したのです。
最初は教授も「分かったから、もういいよ」となだめるような態度を見せてくれていました。これは心理学的に見れば、医師側が「私はそれほど怒っていない、大ごとにしたくない」という温情のサインを出してくれていた状態です。本来であれば、そのタイミングで医師の器の大きさに感謝の気持ちを伝えるべきでした。
しかし、その営業課長は焦りから「先生には本当に取り返しのつかない失礼なことをしてしまい……」と、さらに謝罪を重ねてしまったのです。
過剰に謝罪を続けた結果、何が起きたでしょうか。ある瞬間を境に、教授の怒りが爆発したのです。両者の間に大きな「感情の温度差」が広がり、それがかえって医師に精神的な負担を強いてしまい、怒りを引き起こす原因となってしまいました。
謝罪の言葉は、多ければ多いほど良いというものではありません。相手の感情の起伏に合わせた“適切な温度”で行うべきものなのです。
謝罪という極めてデリケートな交渉術において、私たちが明日から実践すべき初期動作は、機転の利いたトークを探すことではありません。
まずは医師との「対立構造」を避け、相手の感情の温度を正確に掴み取るための思考フレームワークを身につけることです。
まとめ:謝罪の第一歩は、傷つけた感情への「真摯な共感」
今回は、医師の信頼を損なってしまう「悪い謝罪」の共通点と、良かれと思って陥りがちな「過剰な平謝り」の危険性について詳しく解説しました。
医師の怒りやクレームに直面したとき、最も避けるべきは、保身のための言い訳や、その場をやり過ごすための形式的な平謝りです。
優れたコミュニケーション・スキルを持つプロフェッショナルは、謝罪の場を「自らの正当性を証明する戦い」とは捉えません。相手の立場を尊重し、その怒りの背景にある失望や不安を理解しようと努める姿勢こそが、長期的な信頼関係の構築につながるのです。
謝罪において最も重要な第一歩は、小手先の営業テクニックではなく、自分の行動によって「相手の気持ちを傷つけてしまった」ということに対する真摯なお詫びの気持ちを持つことです。この共感の土台があって初めて、崩れかけた関係を修復するための扉が開かれます。
では、このマインドセットをベースにして、具体的にどのようなステップを踏めば、失った信頼を劇的に回復させ、医師と強固な絆を再構築することができるのでしょうか。
次回の記事では、医師の信頼を取り戻すための「いい謝罪の型」を徹底的に具体化します。私が実際の現場で数々のピンチをチャンスに変えてきた「4つの実践ステップ」のフレーズ集と、お詫びの言葉を最小限に抑えながら相手から感謝を引き出すための、具体的な交渉術の全貌を伝授します。明日からのトラブル対応を劇的な逆転劇へと変えたいと思う方は参考にして下さい。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
