【説明しない勇気36】「売ろう」とするのをやめた瞬間、なぜ処方が増え始めるのか?信頼を勝ち取る「並走型」ディテーリングの極意
「正面突破」が裏目に出る、ディテーリングの落とし穴
製薬業界でMRやMSLとして現場を回っていると、避けては通れない「壁」にぶつかることがあります。
入念に準備したスライド、完璧に暗記したエビデンス。それらを駆使して熱心にディテーリングを行っているのに、先生の反応はどこか冷ややか。「検討しておきます」「また時間があるときに」という言葉で締めくくられ、一向に手応えが得られない……。
私自身、製薬業界の現役時代は、まさにこの「正面突破」の罠にハマっていました。当時は「いかに製品の優位性を説得するか」ばかりを考えていたのです。しかし、こちらが熱心に「説得」しようとすればするほど、医師との間には「売る側」と「判断する側」という対峙の構図が強まり、見えない上下関係が生まれていました。
実は、この「正面から向き合ってしまう姿勢」こそが、相手に心のシャッターを下ろさせてしまう最大の原因だったのです。
対峙を卒業し「横に座る」精神的な位置関係を築く
交渉や情報提供の場で成果を出すためには、医師との関係性を「対峙」から「並走」へと劇的にシフトさせる必要があります。
「並走」とは、物理的な位置関係のことではありません。精神的な位置関係として、「正面から向かい合う」のではなく、「医師の隣に座って、同じ方向を見る」というイメージです。
医師が見ている景色には、目の前の患者さんの悩み、治療上の課題、あるいは医療現場の煩雑さといった「解決すべき問題」が広がっています。MRがすべきことは、その景色の外から「私の薬を使ってください」と叫ぶことではなく、医師の隣に立ち、「この課題をどう解決していきましょうか」と一緒に考えることです。
心理学において、共通の敵や課題に対して協力する姿勢は「共同体感覚」を醸成し、深い信頼関係を築く土台となります。説得やお願いというフェーズを捨て、医師のパートナーとして課題を共有する。この「並走型」のアプローチこそが、複雑な交渉術を駆使するよりもはるかに早く、確実な成果へとつながる最短ルートになるのです。
「売らないMR」こそが、最も売れるという逆説
結局のところ、究極の営業スキルとは「決して売ろうとしないこと」に集約されます。
私が出会ってきたトップMRや営業担当者は、共通して「自分のノルマ」をいったん脇に置く勇気を持っていました。彼らが集中しているのは、短期的な数字ではなく「長期的な信頼関係の構築」と「相手にとっての価値提供」です。
「商品」を売るのではなく、徹底して「信頼」を届ける。 「自分」をアピールするのではなく、徹底して「相手の未来」を一緒に描く。
このスタンスを貫くと、驚くべき変化が起こります。こちらが一度も「使ってください」と言っていないのに、先生の側から「それなら、あの患者さんに試してみようか」と自然に言葉が出てくるようになるのです。これが、私たちが目指すべき“売らずして売れる”という本質的な状態です。
相手の課題解決に本気で寄り添う姿勢は、言葉の端々や、質問の質、資料の出し方一つひとつに宿ります。その誠実さこそが、どんな巧みな話法よりも強く医師の心を動かすのです。
思考をアップデートする:「並走」を実践するアクションプラン
では、明日からの訪問で具体的にどう動けば「並走」を実現できるのでしょうか。まずは、自分自身に次の問いを投げかけてみてください。
「今日の面会の目的は、自社製品の説明か、それとも先生の課題の理解か?」
「私は今、先生と同じ方向を向いて話せているだろうか?」
現場で使える具体的なアクションとしては、「質問の質」を変えることが有効です。「この薬剤の特徴についてはどう思われますか?」という製品主体の問いから、「先生が今、最も重視されている治療方針はどんな点ですか?」という、先生の視点に寄り添った問いへと変えてみてください。
また、社内の管理職や教育担当の方であれば、部下に対して「どう説明したか」を問うのではなく、「先生とどんな課題を共有できたか」をフィードバックの軸に据えることが重要です。個々のスキルを磨く前に、この「並走」のマインドセットを組織に浸透させることが、結果として持続的な成果を生む強いチームを創り上げます。
価値と信頼の先にこそ、真の成果がある
製薬業界を取り巻く環境は厳しさを増していますが、コミュニケーションの本質は変わりません。私たちが提供できる最大の価値は、薬というモノそのもの以上に、医師と共に歩み、患者さんの未来を良くしようとする「姿勢」にあります。
「売ること」への執着を手放し、目の前の相手への「価値提供」に全神経を集中させる。その潔い引き算が、あなたを単なる情報提供者から、医師にとってなくてはならない「パートナー」へと進化させます。
営業や交渉の本質的な成果は、小手先のテクニックではなく、揺るぎない信頼の上にのみ実を結びます。明日、医局のドアを叩くとき、ぜひ「先生の隣に座る」という気持ちで一歩を踏み出してみてください。そこから、あなたのディテーリングは全く新しいステージへと動き出すはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
