|

【説明しない勇気53】「反論」を真っ向から否定していませんか?医師の信頼を勝ち取るMRが実践する、感情を丸ごと飲み込む「吸収」のマインドセット

医局の重い空気――反論に身を固くするすべての担当者へ

製薬業界の最前線で活動するMRやMSLの皆さん。経験豊富な皆さんなら、医師との面談中に鋭い「反論」を浴びせられ、思わず身を固くした経験は一度や二度ではないはずです。

「このエビデンス、現場の感覚と乖離しているんじゃないか?」

「こんな試験設計では実際の臨床の参考にはならないよ」

こうした言葉を投げかけられた瞬間、私たちはつい反射的に

「いえ、この試験の妥当性は……」

と自社の正当性を説明しようとしたり、あるいは気まずさに耐えられず

「申し訳ございません」

と平謝りしてその場を切り上げたりしがちです。

しかし、必死の「説明」も、形だけの「謝罪」も、実は医師との信頼関係を深める上では逆効果になっていることが多いのです。なぜ、こちらの誠実な説明が聞き入れられないのか。なぜ、反論が出た瞬間に会話が平行線を辿ってしまうのか。そこには、私たち製薬業界の人間が陥りやすい「ロジックの罠」が潜んでいます。

今回は、反論を「壁」ではなく「信頼への扉」に変えるための、根本的なマインドセットの転換についてお話しします。

反論の正体を解き明かす――「正論」で押し返してはいけない理由

製薬会社のMRやMSLは高度な学術知識を武器にする専門職であるがゆえに、ついつい「論理には論理で返す」というアプローチを取りがちです。しかし、実際に現場で起きている反論の事象の本質は、論理のぶつかり合いではありません。

  1. 反論は「論理」ではなく「感情」の表れである

医師が口にする「試験設計が悪い」「データがおかしい」という言葉。それは一見、極めてロジックに基づいた指摘に聞こえます。しかし、その深層心理にあるのは、論理以上に「感情」です。

医師には、長年積み上げてきた臨床経験、専門家としてのプライド、そして何より患者さんの命を預かっているという強烈な責任感があります。自社のデータを提示した際、もしそれが医師の信条や経験を軽視するように響いてしまったら、医師の心には「不信」や「自尊心の傷つき」といった感情が芽生えます。

人間は、どれほど知的な存在であっても、感情が納得しない限り、論理を受け入れることはできません。反論とは、いわば医師の心が発している「SOS」や「自己防衛」のサインなのです。

  1. 「反論」=「強い関心」というパラドックス

そもそも、全く関心のない相手に対して、人はわざわざエネルギーを使って反論をしません。医師が厳しい言葉を投げかけてくるのは、あなたの提案を「自分の診療現場に当てはめようとしている」からこそ生じる摩擦なのです。

「どうでもいい相手」なら、適当に聞き流して終わりです。反論が出るということは、相手がこちらの提案に本気で向き合おうとしている証拠。つまり、反論は拒絶ではなく、対話が始まる重要なサインなのです。

このパワーバランスの読み違えが、多くのコミュニケーションの失敗を招いています。

  1. 「説明」が医師の心の扉に鍵をかける

医師の反論が続いている間、彼らのコップは「自分の意見」で満杯になっています。その状態で私たちがいくら素晴らしい「説明」という水を注ごうとしても、すべて溢れてしまうのは自明の理です。

こちらの言葉を届けたいのであれば、まずは相手のコップを空にする必要があります。説明を急ぐMRほど、医師の言葉を遮ったり、即座に修正したりしようとしますが、それは相手の「言いたい欲求」を阻害し、心の扉にさらに強固な鍵をかけてしまう行為なのです。

もっとも大切なポイントは、反論は切り返すのではなく、一度すべて自分の中に「吸収する」という姿勢です。否定もせず、遮りもせず、相手が心の中にある違和感や疑問をすべて吐き出し切るまで、全身全霊で聞き切るのです。

あなたの言葉が届く「空白」を創り出すために

今回は、反論を「感情の表れ」として捉え、それを丸ごと「吸収する」ことの重要性についてお伝えしました。 MRやMSLにとって、自社の製品を熱心にアピールしたいという情熱は大切です。しかし、その情熱が「説明」という一方通行の矢印になった瞬間、医師との間に深い溝が生まれます。

扉を開ける鍵は、あなたがどれだけ饒舌に話すかではなく、どれだけ深く相手の反論を「吸収」できたか、その度合いにかかっています。

相手がすべてを出し切り、ふっと「空白」が生まれた瞬間にこそ、あなたの真摯な言葉が染み込んでいく余地が生まれるのです。

しかし、ただ黙って聞いているだけでは、「吸収」は完了しません。相手の心の深層に触れ、隠れた本音を引き出すためには、戦略的な「問い」の力が必要不可欠です。

次回は、反論を具体的にどう聞き切り、どのような「質問」を投げかけることで、医師の信頼を勝ち取り、最終的な合意形成へと導くのか。その具体的なトークスキルと実践的なステップについてお伝えします。医師が自ら納得し、あなたの提案を「自らの選択」として受け入れる。その魔法のようなコミュニケーションの神髄を確認してみてください。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

\ 最新情報をチェック /

    類似投稿

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です