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【説明しない勇気39】成果を急ぐほど遠ざかる処方。医師の心を自然に動かす「返報性の法則」と本当の価値を提供すること

「お願い営業」の限界と、なかなか開かない医師の心

製薬業界の最前線でMRやMSLとして活動している皆さんは、日々このような壁にぶつかっていないでしょうか。

「製品の良さを一生懸命伝えているのに、先生の反応がどこか冷ややかだ」

「何度も足を運んでいるが、いまだに深い本音を聞かせてもらえない」

「最後に『また検討しておきます』と言われ、結局進展がないまま面会が終わってしまう」

 

私自身、製薬業界の現場にいた頃は、まさにこの「空回り」の連続でした。今振り返れば、当時の私は「どうすれば採用してもらえるか」「どうすれば数字が上がるか」という、自分側の「TAKE(見返り)」ばかりを考えていたように思います。

その焦りや下心は、言葉にしなくても相手に伝わります。忙しい医師にとって、自分の数字を追いかけてくる営業担当者は「時間を奪う存在」でしかありません。しかし、ある時を境に、驚くほどスムーズに先生の懐に入り、信頼を勝ち取れるMRには「ある共通点」があることに気づきました。

 

心理学が証明する「見返りを求めないGIVE」の威力

よくビジネスの世界では「GIVE & TAKE」が大切だと言われます。何かを提供すれば、お返しに成果がついてくる、という考え方です。しかし、交渉術の真髄を知る一流のプロフェッショナルは、少し違う捉え方をしています。彼らは「TAKE」を一旦脇に置き、ひたすら純度の高い「GIVE(価値提供)」に徹するのです。

ここで鍵となるのが、心理学の基本法則の一つである「返報性の法則」です。人は他人から何かをしてもらったとき、自然と「何かお返しをしたい」という心理が働きます。これは義務感というより、自発的な感情です。

医師との関係構築においても、この法則は強力に作用します。ただし、重要なのは「純粋さ」です。見返りを期待した見え透いたGIVEは、医師に見抜かれ、逆に警戒心を招きます。

真に成果を上げているMRやMSLは、以下のようなGIVEを日常的に、かつ無意識に積み重ねています。

 

タイムリーな学術情報の提供

先生が今、臨床で直面している疑問に対し、先回りして客観的なエビデンスを届ける。

他施設でのリアルな状況共有

製品の良し悪しだけでなく、他施設での運用の工夫や患者さんの反応など、現場の「生の声」を客観的に伝える。

医師と患者のメリットを主語にする

会社の目標ではなく「先生の診療がどうスムーズになるか」「患者さんのQOLがどう向上するか」という視点でしか語らない。

 

こうしたGIVEを継続することで、医師の側には「この人は私を本気で支援してくれている」という信頼が蓄積されます。その結果、「この人の紹介する薬剤なら一度使ってみようか」という自発的なTAKEが生まれるのです。

 

「何を与えるか」よりも「どのような意図で与えるか」

ここで一歩踏み込んで考えてみましょう。同じ資材を使い、同じデータを提供していても、成果が出る人と出ない人がいます。その差は「GIVEの質」ではなく、「GIVEの意図」にあります。

「これを教えたから、次こそ処方を増やしてくれるだろう」というコントロールの意図を持って情報を渡していませんか?

交渉術において、相手を自分の思い通りに動かそうとするマインドは最大の障壁になります。真のGIVEとは、相手の課題解決を自分のことのように喜び、そのために自分の持つリソース(知識、情報、時間)を惜しみなく提供する姿勢そのものです。

例えば、ディテーリングの際も「この薬剤は素晴らしいです」と一方的に話す(TAKEを求める)のではなく、「先生が今、処方設計で最も苦慮されている点はどこでしょうか?」と問いかけ、その課題を解決するためのヒントを一緒に探す(GIVEする)。この「質問型」のコミュニケーション自体が、相手にとっては大きな価値、つまりGIVEになるのです。

短期的な数字だけを追えば、強引なクロージングで一時の成果は出るかもしれません。しかし、長期的なパートナーシップを築き、安定した実績を上げ続けるためには、医師から「この人は私にとってなくてはならない存在だ」と思わせるほどの、圧倒的なGIVEの蓄積が必要不可欠です。

 

信頼という名の「果実」を手にするために

営業やコミュニケーションの現場において、GIVEは「投資」であり、信頼は「資本」です。

皆さんの日々の活動を振り返ってみてください。先生の前に座ったとき、皆さんの頭の中を占めているのは「自分の目標」でしょうか、それとも「先生の抱えている課題」でしょうか。

もし今、関係性が停滞していると感じるなら、一度「成果を上げよう」とする執着を捨ててみてください。その代わりに、一人の人間として、プロのパートナーとして、「自分にできる最高の価値提供は何だろう?」という問いを自分に投げかけてみてください。

「誠実で、役に立つ」存在であり続けること。そのシンプルな姿勢こそが、どんなに高度な話法やトークスキルよりも雄弁に先生の心を動かします。

返報性の法則を、テクニックとしてではなく、相手への敬意を形にする方法として捉え直したとき、あなたのディテーリングは劇的に変わります。信頼という名の大きな果実を収穫できる日は、そう遠くないはずです。

より深い対話のスキルや、相手が「お返し」をしたくなるような具体的なアプローチに関心がある方は、ぜひ一歩踏み込んだ学びを始めてみませんか。日々のコミュニケーションを磨くことで、現場の景色は必ず変わっていきます。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

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