【説明しない勇気40】なぜ、あのMRは「売り込まない」のに処方が増えるのか?医師から信頼される真のGIVE&TAKE
「検討しておきます」という壁に突き当たる、営業現場のリアル
製薬業界の最前線でMRやMSLとして活動している皆さんは、日々このようなもどかしさを感じていませんか?
「最新のエビデンスを網羅した完璧な資料を持参したのに、先生の反応がどこか冷ややかだ」
「何度足を運んでも、結局は『検討しておきます』という形式的な一言で面会が終わってしまう」
「一歩踏み込んだ本音を伺いたいのに、どうしても懐に入れてもらえない」
私自身、現役時代には何度もこうした「心のシャッター」を下ろされる経験をしました。当時は「もっと知識を増やさなければ」「資料の魅せ方が悪いのか」と、目に見えるテクニックばかりを追い求めていました。しかし、ある時を境に、営業や情報提供という仕事の本質は「何を話すか」ではなく、相手に対して「どのような姿勢で臨んでいるか」にあると気づいたのです。
多くの人が陥りがちなのが、知らず知らずのうちに「自分の成果(TAKE)」を優先したコミュニケーションになってしまっていることです。その焦りや下心は、言葉にしなくてもプロである医師には敏感に察知されてしまいます。
成果は「与えた価値」の後にやってくる。交渉の本質を再定義する
ビジネスの世界ではよく「GIVE & TAKE」と言われますが、この言葉の順番には非常に重要な意味があります。まず「与える(GIVE)」ことがすべての始まりであり、その結果として「受け取る(TAKE)」がやってくるのです。
私が多くのトップMRや交渉のプロを見てきて確信したのは、「与えることを惜しまない人こそが、最終的に大きな成果を手にする」という事実です。
ここでいう「与える(GIVE)」とは、単に資料を置いてきたり、製品の特長を羅列したりすることではありません。医師が日々の診療で抱えている悩みや、患者さんのために解決したい課題に対し、誠実に寄り添い、役立とうとする「姿勢そのもの」を指します。
心理学には「返報性の原理」というものがありますが、人は相手の純粋な厚意を受け取ったとき、自然と「この人のために何かお返しをしたい」「この人の話なら真剣に聞いてみよう」という心理が働きます。信頼関係は、知識の量や資料の出来栄えだけで築けるものではありません。
「このMRは本気で私の診療を支えようとしてくれている」
「このMSLは、会社の利益以上に患者さんの利益を考えて情報提供してくれている」
医師にそう感じてもらえるほどの誠意が伝わったとき、初めて「検討しておきます」という壁が崩れ、対等なパートナーとしてのディテーリングが始まるのです。
「奪う側」から「支える側」へ。マインドセットを切り替える具体策
では、実務において具体的にどのように「GIVEの精神」を体現していけばよいのでしょうか。今日から意識できるポイントは、以下の3点です。
- 「質問型」で相手の課題を主役にする
自分の製品を説明したい欲求を一度グッと抑え、まずは「先生が今、治療において最も苦慮されている点はどこでしょうか?」と、相手の課題を深掘りする質問を投げかけてみてください。相手のニーズを正確に把握し、それに対する最適な解決策を提示すること自体が、最大の「GIVE」になります。
- 迷いのない「誠実さ」を醸成する
自分の提案が本当に医師や患者さんの役に立つと、あなた自身が腹の底から信じられているでしょうか。もし「数字のためにこの処方が欲しい」という迷いがあれば、その雰囲気は必ず相手に伝わります。自分の提案の社会的な価値を再確認し、誇りを持って向き合うことで、発する言葉に力が宿ります。
- 「ありがとう」と言われる関係を目指す
売上やシェアはあくまで「結果」であり、本来の目的は「価値の提供」です。面会の終わりに、先生から「その情報は助かるよ」「君と話すと気づきがあるね」といった感謝の言葉をいただけるような関わり方を、日々のKPIに置いてみてください。
これらは決して精神論ではありません。相手の仕事や人生をより良くするための「価値の提案」こそが、営業や交渉術の本質だからです。
信頼の土壌を耕し、営業を「誇れる仕事」に変えていく
製薬業界を取り巻く環境は年々厳しさを増していますが、だからこそ「小手先のスキル」だけでは通用しない時代になっています。
もし今、あなたが成果に伸び悩んでいたり、ドクターとのコミュニケーションに限界を感じていたりするなら、原点に立ち返ってみてください。「自分は今日、この先生にどれだけの貢献ができただろうか?」と。
営業とは、単なるモノのやり取りではなく、信頼の構築です。あなたが「もっと役に立とう」「もっとこの地域医療を支えよう」と決意し、誠意を持って向き合い始めたとき、あなたのディテーリングは最も人間的で、やりがいに満ちた仕事へと変わります。
誠意を持って「与え続ける人」には、必ず協力者が現れます。その積み重ねが、やがて揺るぎない信頼という資産となり、想像以上の成果(TAKE)となって返ってくるはずです。
より深い対話の技法や、医師の心を動かす具体的な質問のアプローチに興味がある方は、ぜひ一歩踏み込んだ交渉スキルの世界を探求してみてください。あなたの「問いの姿勢」が変われば、現場の景色は劇的に変わるはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
