【説明しない勇気45】医師から「ありがとう」と言われる関係性へ。数字を追うほど見失う、ディテーリングの真のゴールとは
成果を急ぐほど遠ざかる、医師との心理的距離
製薬業界でMRやMSLとして活動する皆さん、日々の面談でこんな「もどかしさ」を感じてはいませんか?
「最新のエビデンスを一生懸命説明しているのに、先生の反応がどこか冷ややかだ」
「何度足を運んでも懐に入れず、結局『また検討しておくよ』という決まり文句で終わってしまう」
「会社から求められる数字や進捗ばかりが頭にあり、面談自体が義務的な作業になっている」
私自身、製薬業界の現役時代はまさにこの「空回り」の連続でした。当時は、いかに巧みな話法を駆使し、いかに製品のメリットを論理的に伝えるかといった「交渉術」や「営業スキル」の向上ばかりに目を向けていました。しかし、ある時を境に、驚くほど自然に医師との信頼関係が深まり、結果として数字がついてくるようになったのです。
その転換点となったのは、スキル以前の「目的」の置き場所を変えたことでした。
幸福感の原点にある「貢献」というモチベーション
私たちが誰かに「ありがとう」と感謝されたとき、どう感じるでしょうか。また、心から「ありがとう」と伝えた相手の表情はどう変わるでしょうか。
心理学的にも、人間は本能的に「他者に貢献できている」と実感できたときに、最も深い幸福を感じる生き物だと言われています。本来、仕事の最大のモチベーションは、この「感謝の循環」にあるべきです。
製薬業界における情報提供活動も例外ではありません。数字や成果は、いわば結果として後からついてくる報酬に過ぎません。そのプロセスの中で、どれだけ多くの「感謝」を生み出せているか。この視点こそが、ディテーリングを単なる「製品紹介」から「価値提供」へと変えるのです。
もし、今の仕事に行き詰まりを感じているなら、一度立ち止まって自分に問いかけてみてください。
「私は今日、誰から『ありがとう』と言われる仕事をできただろうか?」
「先生の診療を、あるいは患者さんの未来を、少しでも前進させる貢献ができただろうか?」
交渉においても、最終的に相手から「ありがとう」と言われるような関係性を築くことが、最も自然で、かつ最も強力なゴールとなるのです。
「ありがとう」を引き出すためのシンプルな逆転発想
では、医師から「ありがとう」と言われる存在になるためには、具体的にどうすればよいのでしょうか。その第一歩は、驚くほどシンプルです。それは、まず自分自身が「ありがとう」と伝える側になることです。
これは単に礼儀正しく振る舞うということではありません。
「先生、お忙しい中お時間をいただき、本当にありがとうございます」
「先日のお話、大変勉強になりました。ありがとうございます」
という言葉の裏側に、どれだけ真実味のある感謝を乗せられるかという問題です。
感謝の気持ちを持って相手のために行動すれば、その思いは必ず微細な表情や声のトーンに現れ、相手に届きます。自ら感謝し、「この先生の役に立ちたい」と願って誠実に働きかける姿勢。その姿勢と熱量こそが、やがて相手からの「ありがとう」を引き出す原動力となります。
いつも口癖で「すみません」という挨拶ばかりする人は、それを「ありがとうございます」に変えてみて下さい。それだけでも相手の対応も変わってくるはずです。
プロフェッショナルとしての誇りを取り戻すために
ディテーリングやコミュニケーションのスキルを磨くことは、もちろん重要です。しかし、その根底に「感謝」と「貢献」の視点がなければ、それは単なる相手をコントロールするための道具に成り下がってしまいます。
私たちが関わっているのは、命に関わる大切な情報です。「どう売るか」という販売志向の焦りを一度手放し、「どうすれば喜ばれるか」「どうすれば感謝されるか」という問いに置き換えてみてください。
「ありがとう」と言われる仕事、それはあなた自身を幸福にし、同時に医師との強力なパートナーシップを築く唯一の道です。
明日の訪問、最初の「失礼します」の前に、一度深呼吸をしてみましょう。そして、目の前の先生に対して自分に何ができるか、ワクワクしながら考えてみてください。そのマインドセットの変化が、あなたのディテーリングを、そしてキャリアを大きく変えていくはずです。
より深い対話術や、相手の心に響く「質問型」のアプローチに関心がある方は、ぜひ一歩踏み込んだ学びを始めてみませんか。あなたが「ありがとう」と言われるプロフェッショナルへと進化するお手伝いができれば、これ以上の喜びはありません。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
