【説明しない勇気58】医師の反論を鮮やかに受け流す。論破せずに主導権を引き戻す2つの「新・話法」
正論を伝えるほど医師が離れていく―「説得」という名の罠
製薬業界の最前線で活躍するMRやMSLの皆さん。日々の情報提供の現場で、医師から鋭い反論を受けたとき、何とかその場を切り抜けようと必死になってはいませんか?
「そのエビデンスは、実際の臨床感覚と少しズレているよ」
「悪くはないけれど、今の処方をあえて変えるほどのメリットを感じないな」
こうした言葉に対して、会社から支給されたFAQやリーフレットを駆使して、「いえ、実はこのデータによれば……」と論理的に言い返してしまう。しかし、こちらが正しさを証明しようとすればするほど、先生の反応はどんどん冷ややかになり、最終的には「検討しておきます」というお決まりのセリフで面会が終わってしまう……。
私自身、現役時代には全く同じ失敗を何度も繰り返してきました。「相手を納得させなければ」と焦るあまり、無意識のうちに対立構造を作ってしまっていたのです。
論理的思考に優れたトップクラスの医師を相手にするからこそ、私たちは力で押すコミュニケーションを卒業しなければなりません。交渉術の本質は、相手を論破することではなく、言葉の「つなぎ方」を工夫して、自然な調和を生み出すことにあるのです。
昭和の営業はもう通じない。ハイレベルな医師に響く「接続の技術」
反論を受けたとき、最も避けるべきは「対立構造」に陥ることです。医師の反論は、多くの場合、自分独自の研究成果や治療方針、目の前の患者さんを守ろうとする自然な防衛反応であり、その背景にある意図や不安を理解しようと努める姿勢が何よりも大切です。
そのために重要なのが、会話の「接続表現」の工夫です。ここでは、現場でよく目にする定番の手法1)と、現代の製薬業界で圧倒的な成果を上げるための2つの新・話法2),3)を紐解いていきましょう。
1)論理的な相手には絶対NGな「YES・BUT」話法
ビジネスの基本としてよく知られているのが、
「はい、確かにそうかもしれません。……しかし、もっと重要なことがあるんです!」
と切り返す「YES・BUT」話法です。
力で押す昭和の時代の説得型営業では広く推奨されていましたが、結論から言うと、医師とのコミュニケーションにおいては「逆効果」になります。どれほど丁寧に「はい、確かにそうかもしれません。」と言ったとしても、直後に「しかし(BUT)」と繋げた瞬間に、医師は「自分が否定された」と本能的に感じてしまいます。知性の高い相手ほど、この形式的なすり替えを見破り、強い心理的反発を抱くのです。
2)自然に新しい視点を提示する「確かに & ではもし」話法
医師との対話で極めて高い効果を発揮するのが、この話法です。「確かに〇〇ですね」と相手の主張を一切否定せずに100%受け止めつつ、「では、もし〇〇だったらどうでしょう?」という形で、自分の土俵へと自然に移行させる流れを作ります。
心理学的には「仮定の質問」と呼ばれるアプローチであり、相手の考えを否定せず、あくまで新しい選択肢を一緒に眺めるという姿勢をとるため、医師のプライドを傷つけることなく自然な視点移動を促すことができます。
3)切り札の情報を美しく届ける「確かに & 実は」話法
もう一つの強力な武器が、共感の姿勢を示した後に「実は……」とこちらの主張を伝える話法です。
医師が持っている懸念や前提を一度しっかりと活かした上で、
「実は、その点に焦点を当てた新しいデータがございまして……」
と切り札となる情報を提示します。
論理的思考を好むドクターの知的好奇心に響きやすい構成であり、対立を和らげつつ、自分の立場や情報提供の目的を明確にしたい場面で非常に有効です。
実務での活用例:「リスク」と「現状維持」の壁をスマートに超える
では、実際のディテーリングの現場で、これらの話法をどのように使い分ければよいのでしょうか。2つのシチュエーションを例に、具体的なトークスキルを見てみましょう。
【ケースA】:安全性を懸念する医師への「確かに & ではもし」話法
〔医師〕:
「この新薬、効果は良さそうだけど、やっぱり長期投与時のリスクが看過できないんだよね」
〔担当者〕:
「確かに、安全性を最優先にされる先生の立場からすれば、その長期的なリスクは看過できませんよね。(受容)……では、もし、そのリスクを事前にスクリーニングして回避するための、明確な患者選択基準のデータがあるとしたら、いかがでしょうか?(視点提示)」
【ケースB】:現状維持バイアスの強い医師への「確かに & 実は」話法
〔医師〕:
「今の治療薬で患者さんはみんな安定しているから、特に変える必要性を感じないよ」
〔担当者〕:
「確かに、今しっかり安定している処方をあえて変更する必要はないと思いますし、その安定を維持することが何より大切ですよね。(受容)……実は、現行の薬剤で『安定している』と見える患者さんのうち、約3割の方が日常の服薬回数に負担を感じているという実態調査のデータがあるのですが… 少しご覧になりますか?(切り札の提示)」
どちらのケースも、医師の意見を論破しようとする意図は一切ありません。巧妙な質問型アプローチと同じように、巧妙な「つなぎ」によって、対話の主導権をスマートに引き戻しているのです。
まとめ:言葉の橋を架けられる人だけが、医師から選ばれ続ける
反論に対して「確かに」という共感で始まり、「ではもし」「実は」といったフレーズへ自然に繋いでいく。この一連の流れが身につけば、これまで苦痛だったはずの「医師からの反論」は、むしろお互いの本音を引き出す最高の対話の起点へと変わります。
「しかし」「ですが」を完全に封印し、対立構造を生まない環境を作る
「ではもし」を活用し、医師の知性を尊重しながら新しい視点へ誘う
「実は」の前に必ず「確かに」を挟み、切り札となる情報の価値を最大化する
優れた交渉術とは、激しいトークで相手をねじ伏せることではありません。言葉の繋ぎ方に徹底的にこだわり、医師が安心して悩みを打ち明けられる「言葉の橋」を架けることです。
あなた自身のディテーリング力と提案力を何倍にも引き出すこの「接続表現の力」を、ぜひ明日の面談から試してみてください。医師の表情がふっと和らぎ、驚くほど自然にこちらの話に耳を傾けてくれる瞬間の訪れに、きっと納得していただけるはずです。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
