【説明しない勇気81】臨床研究法を「単なる制約」で終わらせない。医師から一目置かれるMSL・MAが実践する、透明性と信頼を可視化するエビデンス交渉術
「手続きが面倒になった」と不満を漏らす前に――臨床研究の現場で医師とすれ違う理由
製薬業界の最前線で医療用医薬品の価値最大化に挑んでいる
MSL、MA(メディカルアフェアーズ)の皆さん、
そしてチームのガバナンスと成果の両立を支える
マネージャーの皆さん。
医師から臨床研究に関する相談を受けたり、
社内でエビデンス創出のプロジェクトを進行させたりする中で、
このような壁にぶつかったことはないでしょうか。
臨床研究法の規制が厳しすぎて、
医師への具体的な支援の提案がしづらい
手続きの煩雑さを伝えても、研究担当医師からは
「そこをなんとかしてよ」と無理を言われる
社内のマーケティング部門や営業現場から、
研究成果のプロモーション利用を急かされて
板挟みになっている
「臨床研究法」という言葉を耳にしたとき、
「自分たちの活動を制限する面倒なルールが増えた」と、
ネガティブな印象を持つメディカル部門の方も
少なくありません。
私自身、製薬業界の現場に身を置いていた頃、
新たな法規制や社内規約が整備されるたびに
「また現場の動きを止める足枷ができた」と、
ため息をついた経験が何度となくあります。
しかし、数々の現場を客観的に分析してきた今、
断言できることがあります。
この法規制を「単なる制約」と捉えて萎縮するか、
「自社の誠実さとプロフェッショナリズムを
可視化する最高のインフラ」
と捉えて味方につけるかで、
医師との信頼関係の深さ、
そしてディテーリングや交渉スキルの格は
決定的に変わるのです。
信頼を根底から揺るがした歴史に学ぶ――なぜ「特定臨床研究」の管理徹底が求められるのか
なぜ、臨床研究はここまで厳しく管理されるように
なったのでしょうか。
その背景には、製薬業界全体の社会的信頼を
根底から揺るがし、医学界・薬学界に
今なお深い傷を残している
「ディオバン事件」
という重大な構造的課題がありました。
2012年に発覚したこの事件は、
ある製薬会社が販売していた
高血圧治療薬を用いた市販後の
医師主導臨床研究において、
統計処理に不適切な操作があり、
データの一部が企業の意図に沿う形で
改ざんされていたのではないかという
疑惑から発展した事件です。
結果として、2021年の最高裁判所での判決では、
学術論文が当時の薬事法における
「広告」には該当しないという法解釈により、
元社員および製薬会社ともに無罪が確定しました。
しかし、意図的なデータの改ざんがあったという
事実そのものは認定され、
業界に対する世間の目は
極めて厳しいものとなりました。
この歴史的な猛省を契機として、
企業から資金提供を受けた臨床研究の
「信頼性」と「透明性」の確保が
強く叫ばれるようになり、
2018年に「臨床研究法」が
制定・施行されたのです。
特に、製薬企業が関与する
「特定臨床研究」を扱う際、
科学的・医療的活動を主導する
MA部門やMSL、そして管理するマネージャーは、
以下の5つの実務的な留意点を
完璧に頭に叩き込んでおかねばなりません。
1. 関与の実態と役割の明確化
企業が資金や物品、データ解析の支援等を提供する際、
その働きかけの範囲を社内で明確にルール化し、
適切に記録を残す必要があります。
研究の主体はどこまでも医療機関であり、
企業が裏で糸を引いているかのような
不透明な構造は、絶対に避けなければなりません。
2. 利益相反(COI)の適切な管理
資金提供や支援の実態は、研究計画書、
倫理審査資料、論文、学会発表など、
あらゆる公の場面で完全に開示されなければなりません。
「隠されているかもしれない」という疑念こそが
最大の不信感を招くからです。
3. 届出および倫理審査の厳格な確認
特定臨床研究に該当する場合、
研究開始前に厚生労働省への届出と、
認定倫理審査委員会による審査が必須です。
MA部門は、支援対象の研究が
この適正な手続きを経ているかを
厳認する責任があります。
4. プロモーション利用への慎重な判断
営業・マーケティング部門との境界線を
明確にする必要があります。
研究の成果を営業資料や販促活動へ流用する際は、
薬機法や販売情報提供活動ガイドラインとの
整合性を慎重に判断しなければなりません。
MSLが組織の健全性を守る
「客観的なブレーキ役」
を果たすことが求められます。
5. 社内教育と記録管理の徹底
研究への関与の内容や助言の履歴は、
将来の監査に耐えうる形で組織的に
記録・保管されるべきです。
個人の判断に依存しない体制づくりが
基本姿勢となります。
ルールを制約ではなく「プロフェッショナリズムの証明」へ。次世代へ受け継ぐべき誠実さのバトン
臨床研究法の存在は、確かに私たちの活動に
様々な制限をもたらすように見えるかもしれません。
しかし、それは裏を返せば、
「私たちの誠実さとプロフェッショナリズムを
可視化するための絶好のチャンス」
なのです。
研究に関わるすべてのプロセスを、
一点の曇りもない“開かれたかたち”で設計すること。
まさにそこに、現在の製薬企業に求められる
本物の価値があります。
- 臨床研究法の背景にある歴史的教訓を理解し、ルールの精神を正しく腹に落とす
- 実務における5つの留意点を遵守し、不透明な関与を徹底的に排除する
- 医師からの要望をただ拒絶するのではなく、質問型話法で「学術的な真の価値」へと昇華させる
医師と対等なパートナーとして、
価値ある研究を世に生み出すために重要なのは、
単に「法規制の条文に詳しいこと」以上に、
「その趣旨を深く理解し、ルールの中で
新しい価値を創造する力を持つこと」
です。
もし皆さんが、現場のメンバーや後進を指導する
マネージャーの立場にあるのなら、
ただ「この手続きをしなさい」「これはダメだ」と
制度の表面だけを教えるのを止めてみてください。
「なぜ、この制度が必要になったのか。
その先に、どのような医療の信頼があるのか」
というストーリーを、
ぜひあなたの言葉で語ってあげてください。
その誠実な一言が、高い志を持って
社会に貢献できる本物のプロフェッショナルを
育てる最高のきっかけとなるはずです。
コンプライアンスの枠組みを完璧に味方につけ、
医師から
「あなただからこそ、安心して共同研究の相談ができる」
と絶対的な信頼を寄せられるための、
具体的なトーク設計や、
組織としての対応力を底上げするための
実践的なアプローチについて、
さらに深い学びを始めてみませんか?
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
