【説明しない勇気83】規制遵守は「足枷」ではない!医師が思わず本音を漏らす、ルールを最強の武器に変える質問型交渉術
「規約で話せません」と縮こまる日々。医師との心の距離を遠ざけるコンプラの罠
製薬業界の最前線で日々の情報提供に
奔走しているMRやMSLの皆さん、
そしてチームの成果とコンプライアンスの双方を
マネジメントする上司・リーダーの皆さん。
医師とのコミュニケーションにおいて、
このような「息苦しさ」や「営業活動の手詰まり感」に
直面してはいませんか。
「先生から未承認のデータについて質問されたけれど、
ガイドライン違反が怖くて踏み込めない」
「自社の規約(SOP)が厳しすぎて、
一辺倒の無難な説明しかできず、
医師の反応が良くない」
「医療機関のどこに『監視モニター』の先生がいるのか
疑心暗鬼になって相手の懐に入り込めない」
法律や規約、コンプライアンスという言葉を耳にしたとき、
「自分たちを縛るもの」
「違反が怖いから制限されるもの」
といった後ろ向きな感情を抱く方は
少なくありません。
私自身、年々厳格化するコードやガイドラインを前に
「これではまともな営業活動も交渉もできない、
一体どうすればいいんだ」
と頭を抱え、医局の前で足がすくんだ経験が何度もありました。
しかし、多くの現場を経験し、話法やスキルを分析する中で、
ある決定的な真実に気がつきました。
一流と呼ばれる担当者は、ルールを「足枷」ではなく、
医師から絶対的な信頼を勝ち取るための
「最強の味方」として使いこなしているのです。
なぜ彼らは規制の厳しい環境下でも、
医師の懐に深く入り込み、
本音を引き出すことができるのか。
今回は、コンプラの壁を鮮やかに突破する
コミュニケーションの神髄についてまとめます。
業界を震撼させた2つの教訓と、法規制の背景にある「社会の期待」
「その情報は、本当に信頼できるデータですか?」
昨今、医療現場の医師からこのような厳しい目線が
注がれるようになった背景には、
過去に製薬業界の信頼を根底から揺るがした
2つの重大な不正事例があります。
私たちがMRやMSLとして適切な情報提供を行う以上、
この歴史的教訓をプロの知識として知っておくことは
不可欠です。
第一の事例は、いわゆる
「ディオバン事件」です。
降圧薬を比較する複数の医師主導臨床研究に、
当該製品の製薬企業の社員が統計解析者という立場で
研究に関与し、データ操作や改ざんを行いました。
その社員は製薬会社の社員であることを開示せず
大学での肩書を使って統計解析者として研究に関与し
製品に極めて有利な解析結果を導き出しました。
そして、その試験結果は海外の一流医学専門誌に
論文として掲載され、大規模なプロモーションへと
活用されました。
しかし、後に外部からの指摘によって
データの信頼性が失墜し、複数の論文が撤回されるという、
医学界・薬学界に深い傷を残す事態となったのです。
この事件を契機として、2018年には「臨床研究法」が制定され、
特定臨床研究における利益相反(COI)の適切な管理や届出、
倫理審査の確認などが厳格に義務付けられるようになりました。
第二の事例は、CASE-J試験で用いられた
「ゴールデンクロス」
と呼ばれる図表の不適切な提示です。
これは、降圧剤2剤の心血管イベント(心筋梗塞など)
の発生率を比較したグラフを
販促資料に使用したケースです。
実際には2剤の間に統計学的な有意差は
認められなかったにもかかわらず、
36ヶ月時点でグラフが交差し、
それ以降は自社薬のイベント発現率が
対照薬を下回るかのように受け取れる
不適切なグラフが示されていました。
この図は「ゴールデンクロス」と称され、
大々的に広告資材として使用されましたが、
第三者の調査によって原著論文や原データには
そのような現象は確認されず、
薬機法における誇大広告(第66条)と判断され、
当該企業は行政処分を受けることとなりました。
これら2つの不正行為は、
製薬企業の情報提供の在り方を厳しく問い直す契機となり、
薬機法への対応強化だけでなく、厚生労働省による
「販売情報提供活動ガイドライン」や
「監視モニター制度」の策定へと繋がっていったのです。
私がある医師主導の大規模臨床試験の
担当部長を務めていた当時、
まさにこのディオバン事件が発覚し、
世間を大きく騒がせました。
当然、臨床試験そのものに対する
社会的信頼が大きく揺らぎ、
現場は混乱の極みにありました。
しかし、そうした渦中にあっても、
私は不安や後ろめたさを感じることは
一切ありませんでした。
なぜなら、私たちは自社の目先の利益のためではなく、
「日本の医学・医療の発展に資する、
目の前の患者さんのための試験である」
という強い利他の自負と正義感を持って
取り組んでいたからです。
現在の臨床研究法やガイドラインに照らし合わせれば、
当時の運営には至らない点もあったかもしれません。
しかし、「誰のために、何ができるか」という
高い志を持って誠実に取り組んだ行動に対して、
たとえ誰から何を指摘されようとも、
やましい気持ちなど1ミリも生まれないのです。
薬機法、ガイドライン、公正競争規約、
コード・オブ・プラクティスといった
法律やルールは、私たちを縛る“制約”ではなく、
医療の透明性を守り、患者と医師が
安心して治療に臨める環境を維持するために整備された、
社会から信頼される存在になるための“道しるべ”なのです。
「できない理由」を卒業する。ルールを制約から味方へ変える3つの思考シフト
では、これらの厳しいルールや
自社のSOP(標準業務手順書)を
「恐れる対象」から「活かす道具」に変え、
医師との交渉を有利に進めるには
どうすればよいのでしょうか。
実務の現場で即座に実践できる
3つの思考フレームワークを提示します。
① 判断基準を「利己」から「利他・貢献」に置く
「今月の数字を達成したい」
「自社製品の良さを説明したい」
という利己的なトークは、
医師の心理的抵抗(心理的リアクタンス)
を生み、不信感を抱かせます。
「この情報を提供することが、目の前の先生、
そしてその先にいる患者さんの治療にどう貢献できるか」
という利他の精神をディテーリングの核に据えてください。
すべての判断基準が「お役立ち」であれば、
言葉に圧倒的な説得力が宿ります。
② 法・規約を“敵”ではなく、対話を深める“ガイド”と捉える
ルールによって
「これ以上は一方的に説明してはいけない」
という境界線があるからこそ、
私たちは強引な押し売りをストップできます。
未承認情報や他社製品との比較を
ドクターから求められたときこそ、
「説明しない」質問型のアプローチへと切り替える
最大のチャンスです。
ルールというガイドがあるからこそ、
私たちは自然に「質問者」のポジションを
取ることができるのです。
③ 自社ルール(SOP)は「できる範囲を明確にする設計図」と理解する
SOPを前にして
「分からないからやめておく」
と考思考停止に陥るMRは二流です。
プロフェッショナルは
「出来ない理由を数える」のではなく、
「どうすればルールの範囲内で正しく伝えられるか」
の道筋を自ら見つけ出す設計図としてSOPを扱います。
「その情報は話せません」
と逃げるのではなく、
「承認された範囲で申し上げますと……」
と、ルールを自分の後ろ盾として
堂々と前向きに応じるスキルが求められます。
境界線があるからこそ輝く、プロフェッショナルとしての誇り
結局のところ、質問型交渉術における
最も重要なマインドセットは、
「相手の役に立ちたい」
「社会に貢献したい」
という純粋な姿勢です。
情報提供も製品紹介も、研究の支援も、
すべては相手のために貢献し、
医療の現場を少しでも良くするための
尊い取り組みです。
法やルールは、その誠実な姿勢を
社会的に保証してくれる
「共通の土俵」にほかなりません。
だからこそ、私たちはルールを
「超えてはいけない恐ろしい線」
として怯えるのではなく、
「その中で最大限できること」
に挑戦していく強さを持つべきなのです。
もしあなたが、チームのメンバーを指導する
上司や組織のリーダーであるならば、
伝えるべきは単なる
「守るべき無機質なルール」
だけではないはずです。
その制約という枠組みの中で、
いかに「社会貢献」を果たし、
医師からの「信頼」を勝ち得るかという、
仕事の本質的な面白さを語ってあげてください。
トークスクリプトの作成と
ロールプレイによる訓練を通じ、
組織全体の“再現性ある対応力”を
養うことが、メンバーを守り、
成果を最大化する道となります。
“ルール遵守”と“貢献”は、
決して対立するものではありません。
むしろ、お互いが美しく重なり合う
同心円のようなものです。
すべての法的判断や行動規範の背後には、
常に「誰のために、何ができるか?」という
本質的な問いが存在します。
あなたの問いかけが、現場に新しい気づきを生み、
医師との深い信頼関係を築くきっかけとなることを
願ってやみません。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
