【説明しない勇気98】「説明が上手い人」ほど損をする? 医師の記憶と納得を引き出すプレゼンテーション術術
どれだけ丁寧に説明しても、医師の記憶に残らない――その理由を考えたことがありますか?
MRやMSLとして、説明会やディテーリングの準備に
多くの時間をかけている方は少なくないと思います。
必要なリーフレットを準備し話す内容を整理する。
想定質問への回答を準備する。
限られた面談時間で伝えるべき情報を
漏れなく伝えるようリストアップする。
ところが、十分に準備したにもかかわらず、
面談後に「先生は本当に納得してくれただろうか」
と感じることがあります。
私は製薬業界で営業、マーケティング、学術、教育研修
などを経験してきました。
その中で強く感じるのは、優れたプレゼンテーションとは
「たくさん説明すること」ではないということです。
むしろ、話す量を減らし、相手に考えてもらう。
そして最後は、こちらが結論を言うのではなく、
相手自身に言葉にしてもらう。
この発想を持つと、MR・MSLのプレゼン、ディテーリング、
交渉術は大きく変わります。
「究極のプレゼン」は、実はプレゼンしない
私が考える究極のプレゼンテーションは、
少し逆説的ですが、「プレゼンしないプレゼン」です。
もちろん、情報を隠すという意味ではありません。
相手が「知りたい」と思う状態をつくり、
そのうえで必要な情報だけを提示するということです。
たとえば、最初から製品の特徴を順番に説明するのではなく、
「先生は、この領域で現在どのような点を重視されていますか?」
と質問する。
そこで医師の関心を確認し、
「その点でしたら、参考になるデータがあります」
と必要な情報だけを見せる。
さらに資料を提示した後も、
「先生はこのデータをどうご覧になりますか?」
と聞いてみる。
すると医師は、ただ情報を受け取る側ではなく、
自分の臨床経験や知識と照合しながら考える側になります。
人は、自分で考えたことや、自分の言葉で整理したことほど
記憶に残りやすいものです。
特に医師は、自分自身で情報を評価し、
臨床判断につなげる専門家です。
そこで製薬会社側が
「このデータはこういう意味です」
と結論まで先回りしてしまうと、
医師の思考する余地を奪ってしまいます。
「君が結論を言うな」――一流の医師から学んだこと
以前、私がある製品のアドバイザリーボードで
プレゼンテーションを担当した際、
中心となる先生から非常に印象的な助言をいただきました。
それは、
「スライドは極力無駄を省きなさい」
そして、
「君が結論を言うな」
というものでした。
私は当時、できるだけ分かりやすく、
誤解なく伝えようと考えていました。
しかし、その先生が教えてくれたのは、
まったく別の発想でした。
その場にいるのは、大学教授や研究者など、
データを読むプロフェッショナルです。
そのような相手に対して、
「このデータから、こういうことが言えます」
と製薬会社側が先に結論を示す必要はありません。
むしろ、データを提示して、
「先生はどう解釈されますか?」
と問いかける。
そのほうが、相手は自分自身の
専門知識や経験を使って考えます。
そして、こちらが期待していた結論を医師自身が口にしたとき、
私は「そう言っていただけるとうれしいです」と返す。
これは単なる話法ではありません。
心理学でいう「コミットメントと一貫性」の観点から考えても、
自分で表明した考えや判断には、
その後も一貫した態度を取りやすくなります。
つまり、こちらが言わせるのではなく、
相手自身に考えて言ってもらうことに価値があるのです。
沈黙は「失敗」ではなく、「思考が動いている時間」です
もう一つ、MR・MSLのプレゼンで
非常に重要なのが「沈黙」です。
医師との面談中、相手が黙ると、
こちらは不安になります。
「理解してもらえていないのではないか」
「何か補足しなければ」
「このままだと間が持たない」
そんな気持ちから、つい追加説明を始めてしまいます。
しかし、その沈黙は、むしろ重要な時間かもしれません。
医師が資料を見ながら黙っている。
その瞬間、頭の中では、
「自分の患者さんならどうだろう」
「この結果は過去の知見と矛盾しないか」
「実臨床ではどう使えるだろう」
と考えている可能性があります。
ここでこちらが話し始めれば、
その思考を中断してしまいます。
だから私は、沈黙に耐えることも
プレゼンテーションスキルの一つだと考えています。
「質問」
→「必要最小限の説明」
→「資料提示」
→「相手の思考」
→「問いかけ」
この流れを意識するだけで、ディテーリングは
一方通行ではなくなります。
明日から使える「プレゼンしないプレゼン」の5ステップ
実際の面談では、次の順番を意識してみてください。
①質問する
まず、医師が何に関心を持っているかを確認します。
②必要最小限だけ話す
関心のない情報まで説明しません。
伝えたいことではなく、相手が知りたいことに絞ります。
③資料を見せる
医師がさらに興味を示した段階で、
データや資料を提示します。
④「どう思いますか?」と聞く
ここで結論を言わず、医師自身の解釈を求めます。
⑤沈黙を待つ
すぐに補足説明をせず、
相手が考える時間を確保します。
失敗するディテーリングは、
「この薬には○○という特徴があります。
さらに○○試験では……」
と、こちらが一気に情報を積み上げていきます。
一方、成果につながるディテーリングは、
「先生は○○について、どのようにお考えですか?」
と始まり、
「なるほど。実は今のお話に関連するデータがあります」
と必要な情報だけを提示します。
そして、
「この結果をご覧になって、どう思われますか?」
と医師に返す。
同じデータでも、後者では医師自身の思考が介在します。
この違いは非常に大きいものです。
クロージングは「押すこと」ではなく、納得を確認すること
この考え方は、営業や交渉の最後にも
そのままつながります。
MRがよく使う、
「ぜひご処方をお願いします」
「ぜひ採用をご検討ください」
という言葉は、状況によっては必要でしょう。
しかし、相手の中で十分な納得ができていない状態で
最後だけ強く押しても、心理的な抵抗を生みます。
「考えておきます」
という返答は、提案そのものを否定している
とは限りません。
むしろ、こちらがクロージングを急ぎすぎたサインかもしれません。
そこで有効なのが、
「先生は今回の内容について、
どのように感じられましたか?」
という確認です。
さらに、
「そう感じられた理由は何でしょうか?」
「具体的には、どのような患者さんが想定されますか?」
と聞いていく。
ここで相手が自分の言葉で納得を整理できれば、
最後に強く「お願いします」と言う必要はなくなります。
「お願いします」を減らすほど、交渉は自然になる
私は、優れた営業ほど「お願い」が少ないと考えています。
本当に重要なのは、最後に強く押すことではありません。
面談の途中で、
「この先生自身がどう考えているか」
を確認し続けることです。
十分に考え、納得し、必要性を感じた相手であれば、
クロージングは驚くほど自然になります。
場合によっては、
「それなら使ってみようかな」
「具体的にはどう進めればいいですか?」
と、医師側から次の行動が出てきます。
これこそが、質問型の交渉術が目指す姿です。
プレゼンテーションとは、情報を詰め込む技術ではありません。
相手の中に「考える余白」をつくり、
その人自身の言葉を引き出す技術です。
だからこそ、MR・MSLに必要なのは、
話すスキルだけではありません。
話さない勇気。
結論を急がない姿勢。
沈黙を待つ力。
そして、相手の言葉を受け止める力。
この4つを意識するだけでも、
ディテーリングの質は大きく変わります。
次回は、ここからさらに実践的な領域へ進みます。
「お願いします」と押さなくても
相手の意思を確認できるクロージングの話法、
そして重要な面談を再現性のあるスキルに変える
「トークスクリプト」と「ロールプレイ」について、
具体的に掘り下げていきます。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
