【説明しない勇気99】「クロージングが苦手なMR」ほど知っておきたい――押さずに相手が動く質問型交渉術
プレゼンの目的は「説明すること」ではなく、相手に考えてもらうこと
前回は、優れたプレゼンテーションほど
「説明しすぎない」という考え方についてお話ししました。
MRやMSLが医師に伝えたい情報をすべて説明するのではなく、
まず質問によって関心を引き出し、
必要な情報だけを提示する。
そして、資料を見せた後は「先生はどう思われますか?」と、
相手自身に考えてもらう。
特に重要なのが、
こちらが結論を言わず、医師自身に考えてもらうことです。
そして、もう一つ大切なのが沈黙です。
医師が黙っていると、つい追加説明をしたくなります。
しかし、その沈黙は「考えている時間」かもしれません。
そこに余白を残すことも、ディテーリングの重要なスキルです。
今回は、その考え方をさらに一歩進めます。
プレゼンの最後に待っている
「クロージング」です。
「お願いします」が、かえって相手を遠ざけることがある
営業では、「最後の一押し」が重要だとよく言われます。
「ぜひご処方をお願いします」
「ぜひ採用をご検討ください」
「先生、よろしくお願いします」
MRの皆さんも、面談の最後にこうした言葉を使った経験が
あるのではないでしょうか。
もちろん、関係性が十分にできていて、
医師自身が納得している状況であれば、
こうした一言がきっかけになることもあります。
しかし、まだ納得が十分でない状態で
クロージングを強くすると、
むしろ逆効果になることがあります。
なぜでしょうか。
理由はシンプルです。
人は、自分で納得したことについては動きやすい一方、
他人から決断を迫られると抵抗しやすいからです。
医師は特に、自分の専門的判断を大切にする職種です。
製薬企業側から、
「この薬が良いので、ぜひ使ってください」
と結論を押しつけられれば、
「それを決めるのは私です」
という心理が働いても不思議ではありません。
その結果として、
「考えておきます」
「院内で検討します」
という曖昧な返答が返ってきます。
ここで大切なのは、「クロージングが弱い」と考えて、
さらに強く迫ることではありません。
むしろ、一度立ち止まり、
医師自身の意思を確認することです。
クロージングの極意は「クロージングしない」こと
私が考える交渉術のクロージングは、
相手を追い込むことではありません。
相手がどのように考えているのかを確認し、
納得の状態を見極めることです。
そのために有効なのが、
テストクロージングです。
たとえば、
「先生は今回の内容について、
どのように感じられましたか?」
と聞きます。
あるいは、
「先生のご施設で、この薬剤を使う
メリットについてはどうお考えでしょうか?」
と聞いてみる。
ここで「良いと思います」と返ってきたら、
すぐに「ではお願いします」と言わないことです。
「なぜそう思われたのでしょうか?」
「たとえば、どのような患者さんを想定されていますか?」
「その点が重要だと感じられたのは、どういう背景でしょうか?」
と、さらに聞きます。
すると、医師自身が頭の中を整理していきます。
「この患者さんなら使えるかもしれない」
「今の治療ではここが課題だ」
「その点では、この薬剤は選択肢になりそうだ」
こうした言葉が医師自身から出てくれば、
もうクロージングを強くする必要はありません。
相手の中で、すでに意思決定が進んでいるからです。
「どう思いますか?」は、最も重要なクロージング・トーク
質問型のディテーリングでは、
「どう思いますか?」という言葉が非常に重要です。
これは単なる感想を求める質問ではありません。
医師に「自分はどう判断するのか」を
考えてもらうための問いです。
さらに、回答をもらったら、
「なぜですか?」
「たとえば?」
「ということは?」
という3つの問いを使って掘り下げていく。
これによって、表面的な「良い・悪い」という評価から、
「なぜ良いのか」
「どの患者さんなら良いのか」
「実際に導入するとしたら何が必要なのか」
という具体的な意思へ進んでいきます。
十分に確認できたら、最後に、
「それでは、具体的に進めさせていただいても
よろしいでしょうか?」
と、静かに確認する。
ここには「ぜひお願いします!」という
強い圧力がありません。
あくまで最終判断を相手に委ねています。
そして、テストクロージングを丁寧に積み重ねれば、
この最後の一言さえ必要なくなる場合があります。
「それなら使ってみようかな」
「具体的な手続きはどうなりますか?」
と、相手から次の行動が出てくる。
私は、これこそが本当のクロージングだと考えています。
「否定疑問文」は、お願いを柔らかくする強力な話法
とはいえ、現場では、こちらから明確にお願いしなければ
ならない場面もあります。
そのときに知っておきたいのが、否定疑問文話法です。
たとえば、
「○○をお願いします」
とストレートに依頼する代わりに、
「○○をお願いするのは難しいでしょうか?」
と聞いてみる。
あるいは、
「○○をご検討いただくのは、やはり難しいでしょうか?」
という表現です。
この話し方の特徴は、相手に判断の余地を残せることです。
「やってください」と断定されるよりも、
「難しいでしょうか?」と聞かれるほうが、
相手は自分の意思で答えやすくなります。
特に、医師など自分より立場が上の相手に、
少しハードルの高い依頼をするときには使いやすいでしょう。
ただし、これは魔法の言葉ではありません。
表面的に柔らかい言葉を使っていても、
「何とかYESと言わせたい」という下心が透ければ、
相手には伝わります。
だからこそ重要なのは、話法よりも前に、
「この提案は、本当に相手の役に立つのか?」
を自分自身に問いかけることです。
トークスクリプトは「説明文」ではなく「質問の設計図」にする
ここからは、MRマネージャーや教育研修担当者にも、
ぜひ注目していただきたいポイントです。
私はこれまで、数多くのトークスクリプトを見てきました。
その多くに共通していたのが、
「まずこの説明」
↓
「次にこの説明」
↓
「その後、この資料を説明」
という構成です。
しかし、現実の面談はそのように進みません。
医師がAと答えるか、Bと答えるかで
会話はどんどん枝分かれします。
そのすべてをスクリプトに書き込めば、
数十パターンもの分岐ができてしまいます。
これでは、現場で使えません。
私が勧めたいのは、説明ではなく、
質問を中心にスクリプトをつくることです。
基本は、
「現状」
↓
「欲求」
↓
「解決策」
↓
「欲求の再確認」
↓
「提案」
です。
たとえば、次のような質問を順番にしていきます。
「現在はどのように対応されていますか?」
「その中で課題に感じていることは何でしょうか?」
「その課題に対して、今どんな取り組みをされていますか?」
「もしそこが改善できたら、どうなりそうでしょうか?」
ここまで聞いて、初めて提案する。
質問中心に設計しておけば、会話が多少横道にそれても、
「そんな中で、先生はどうお考えですか?」
と質問を戻すことで、本筋に戻れます。
つまり、良いトークスクリプトとは、台本ではなく、
対話を進めるための地図なのです。
ロールプレイは「うまく話す練習」ではない
そして、スクリプトを作ったら、
必ずロールプレイをしてください。
ただし、ロールプレイの目的を
「上手にセリフを言えるようになること」
にしてはいけません。
見るべきなのは、
質問のタイミング。
表情。
視線。
声のトーン。
沈黙への耐え方。
相手の回答を受けて次の質問へつなぐ力。
です。
可能であればスマートフォンで録画してください。
自分では自然に話しているつもりでも、
録画を見ると、
「質問した直後にすぐしゃべっている」
「相手の回答を最後まで待っていない」
「笑顔が少ない」
など、意外な癖が見つかります。
また、相手役には、
「この質問をされたとき、どう感じたか?」
を率直に言ってもらうことが大切です。
こうした反復によって、質問型の話法が
「知識」から「スキル」に変わります。
この考え方は、医師との交渉だけでは終わらない
そして最後に、私が特に伝えたいのが、
この質問型コミュニケーションは
社外だけの技術ではないということです。
むしろ、上司や部下とのコミュニケーションにこそ
威力を発揮します。
部下から相談を受けたとき、すぐに、
「それなら、こうすればいい」
と言ってしまう上司は少なくありません。
私自身も管理職として、気をつけなければならないと
感じる部分です。
経験があるから、答えが見えてしまう。
しかし、答えをすぐに渡してしまえば、
部下は「指示されたからやる」という状態になります。
それより、
「今はどうなっているの?」
「本当はどうしたいの?」
「そのために何を試したの?」
「それが解決したら、どうなると思う?」
と質問していく。
部下自身が考えたところで、
「では、こういう方法はどうかな?」
と提案する。
この場合、最初の4段階はコーチング、
最後の提案はティーチングと考えると分かりやすいでしょう。
自分で考えてから受け取ったアドバイスは、
行動へのコミットメントも高まりやすくなります。
「質問型」は、相手を動かす技術ではなく、自分で動ける状態をつくる技術
MRと医師、MSLとKOL、上司と部下。
立場は違っても、コミュニケーションの本質には
共通点があります。
それは、人は自分で思ったとおりにしか動かない
ということです。
だから、交渉で重要なのは
「どう言えば相手がYESと言うか」だけではありません。
「どう聞けば、相手自身が考え始めるか」
を考えることです。
「なぜ?」
「たとえば?」
「ということは?」
この3つの問いを使い、相手の考えを深掘りし、
具体化し、整理する。
そして、必要なときだけ提案する。
クロージングで押し切るのではなく、
そこに至るまでの対話で納得をつくる。
これが、私が考える質問型交渉術の実践です。
明日の面談では、最後に「お願いします」と言うことより、
その前に一度、
「先生は、今回の内容をどうお考えになりますか?」
と聞いてみてください。
その一言から、医師とのディテーリングが
「説明する場」から「一緒に考える場」へ
変わり始めるかもしれません。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
