【説明しない勇気104】医師の「反論」から逃げていませんか?ピンチを絶対的信頼に変える、反論の裏側を読み解く交渉術
「薬価が高い」「今の薬で十分」――冷たい反応に心が折れそうになる瞬間
製薬会社の現場で活躍するMRやMSLの皆さん、
そして現場の指導に当たるマネージャーの皆さん。
毎日の活動の中で、次のような医師の厳しい反応に直面し、
冷や汗をかいた経験はないでしょうか。
「君の持ってきたデータ、実臨床ではそこまで期待できないんじゃないかな」
「新しいのは分かったけど、薬価が高すぎる。患者さんの負担を考えてよ」
「今の標準治療で特に困っていないから、変える必要性を感じないんだよね」
このような言葉を浴びたとき、
「否定された」「機嫌を損ねてしまった」
と焦り、慌てて話題をそらしたり、
そそくさと面会を終わらせてしまったりする
担当者は少なくありません。
私自身、製薬会社の現場にいた頃、
いわゆる“難攻不落”と呼ばれる
オピニオンリーダーの先生から
手厳しい指摘を受け、
頭が真っ白になってしまい、
「申し訳ありません、また別の機会に……」
と逃げるように医局を後にしてしまった
苦い過去があります。
しかし、
数々の修羅場を経験してきた今だからこそ、
断言できることがあります。
医師からの反論は、決して
「拒絶」ではありません。
むしろ、反論から逃げる担当者こそが、
「深い話ができない素人」
として以後の関係構築のチャンスを
永遠に失っているのです。
今回は、反論を「壁」ではなく
「対話の入り口」
へと変えるための心構えと、
その分類法についてお話しします。
反論は「本気の証拠」?無関心よりよほど脈ある“対話のサイン”
多くのMRやMSLは、反論を
「自分の提案への否定」
として受け取ってしまいがちですが、
このマインドセットを根本から
変えなければなりません。
心理学的な視点で見れば、
人間は本当にどうでもいい相手や、
全く興味のない提案に対しては
「反論」すらしません。
適当にうなずき、
「検討しておくよ」
と無関心を装ってやり過ごすのが
一番エネルギーを使わないからです。
つまり、医師がわざわざ時間と労力を使って
「ここがおかしい」
「コストに見合わない」
と指摘してくるということは、
少なくともあなたの提案内容に
「本気で向き合おうとしているサイン」
なのです。
私が現場で学んだ最大の教訓は、
「反論されたときこそが、
信頼関係を築く最大のチャンス」
であるということです。
特に、他社のMRが寄り付かないような
厳しい医師ほど、
初回は洗礼のように反論を浴びせてきます。
彼らは
「この担当者は、自分の臨床的な疑問に
どこまで誠実に付き合えるか」
を試しているのです。
このとき、動揺して目を泳がせたり、
強引に自社製品のメリットを被せて
説得しようとするのは三流の対応です。
一流の担当者は、反論が出た瞬間こそ
表情をやわらげ、関心を深め、
「なるほど、先生はそのように懸念されているのですね」
と共感的に聞く姿勢を強めます。
この受容の態度を見せるだけで、
医師は
「この人なら自分の本音を話しても大丈夫だ」
と心の武装を解いていくのです。
反論に潜む「見えない壁」――3つの分類で敵の正体を知る
反論に動じないためには、
反論そのものを事前に
「想定内」
にしておくことが不可欠です。
突然の反論に頭が真っ白になるのは、
その構造を理解していないからです。
一般的なビジネスや営業現場で
遭遇する反論は、大きく分けて
次の3つのパターンに集約されます。
1. 「時間がない」という反論
「今は忙しい」
「後にしてくれ」
といった反応です。
本当に多忙な場合もありますが、
多くは
「(あなたの話は)優先順位が低い」
「面倒な売り込みを避けたい」
という心理が働いています。
これが単なる断り文句なのか、
真実なのかを見極めるため、
一度引くフリをして
「先生、お忙しいところ恐縮です。
ちなみに〇〇の件についてのみ、1分だけ……」
と一歩踏み込む確認が必要です。
2. 「お金がない」という反論
製薬会社からの提案で医師自身が
財布を痛めることはまずありません。
従って製薬業界における「お金がない」とは、
「薬価が高い」
「病院経営への圧迫」
「患者さんの自己負担額」
を指します。
たとえば「薬価が高い」と言われたとき、
「いえ、こんなメリットがあるんです」
と相手を説得しようとせずに、
医師の反論をまずは一度受け入れ
「先生は患者さんの負担を最優先されているのですね」
という真の信念を読み取ることが重要です。
3. 「利益を感じられない」という反論
「今の薬で満足している」
「特に困っていない」
という、最も頻繁に遭遇する強敵です。
これは人間の本能である
「現状維持バイアス(変化を避けたい心理)」
によるものが大半です。
この反論が出たということは、
あなたがまだ
現状の治療に潜む見えない課題
(アンメット・メディカル・ニーズ)
を引き出せていない証拠でもあります。
反論には必ず「理由」と「心理」があります。
言葉の表面だけを捉えて
言い返したり逃げたりするのではなく、
その背景にどのような信念や
状況が隠れているのかを
読み解く力こそが、
交渉における真の武器となります。
反論の裏側を読み解く「質問型」の流儀
反論の背景を読み解くために有効なのが、
「質問型交渉術」の手法です。
反論に対して「説明」で被せるのではなく、
「質問」で背景を掘り下げるのです。
【失敗例】:反論に対して「説明・説得」で返す
- 医師:
「新しいのは分かったけど、
うちの患者には薬価が高すぎるよ」
- MR:
「先生、確かに薬価は高いですが、
その分有効性が〇%高く、
長期的に見れば入院リスクを減らせるので……」
- 分析:
医師の「高い」という感情に対して、
ロジックで論破しようとしています。
医師は「こちらの患者層の経済事情も知らないくせに」
と反発を強めます。
【成功例】:反論を「吸収」して真意を深掘りする
- 医師:
「新しいのは分かったけど、
うちの患者には薬価が高すぎるよ」
- MR:
「なるほど、確かに薬価は高くなりますので
その点に不安を感じられるのですね。
具体的にはどのような懸念があるのですか?」
- 医師:
「うちは年金暮らしの高齢者が多くてね。
毎月の薬代が少し上がるだけでも、
気にする人が多いので慎重にならざるを得ないんだよ」
- MR:
「なるほど、先生は高齢の患者さんの立場に立たれて
親身に考えておられるからこそのご懸念だったのですね。
教えていただきありがとうございます。」
- 分析:
反論を一度受け止め、
「具体的には」という質問で
医師の真意(高齢患者の経済的負担の懸念)
を引き出しています。
これにより、単なる「高い・安い」の話から、
「いかに患者さんに治療に役立つか」
という建設的な対話(協働)へとフェーズが移行できます。
反論を恐れない人間力が、医師との生涯の絆を創る
反論にどう向き合うか。
それは単なる交渉力の差であると同時に、
あなたの「人間力」の差でもあります。
- 反論は「否定」ではなく「本気で向き合っているサイン」と捉える
- 反論を「時間」「コスト」「利益」の3つに分類し、事前に想定しておく
- 反論に対して「説得」するのではなく、「吸収」して相手の真の信念や背景を読み解く
優れたビジネスパーソンは、
反論を恐れません。
反論が出てきたときこそ、
「よし、ここからが本当の対話のスタートだ」
と腹をくくり、相手の背景に寄り添う覚悟を持っています。
明日からの訪問で、
もし医師から厳しい反論が飛んできたのなら、
焦って話題を変えるのではなく、
一呼吸置いて、表情を和らげて
こう言ってみてください。
「先生、そのようにご指摘いただき
ありがとうございます。
ぜひ、そのお考えの背景を
もう少し詳しく教えていただけませんか?」
と。
その一言が、あなたを
「単なるパンフレット配り」から
「信頼できる医療の共創者」へと
引き上げる決定的なターニングポイントに
なるはずです。
次回は、引き出した反論の真意に対して、
どのように具体的な解決策を提示し、
医師の「イエス」を自然に引き出していくのか。
その実践的なトークの組み立て方について
さらに深く掘り下げていきます。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
