【説明しない勇気68】謝罪の場を「最高の商談」に変える逆転の方程式。医師の自尊心を刺激する「さりげない称賛」と関係再起動の技術
感情の毒が抜けた「空白」に、何を刻み込むか
前回の記事では、医師から激しいお叱りや拒絶を受けた際、
小手先の営業トークや保身のための言い訳に逃げることの
危うさについて解説しました。
最も重要なのは、
「何を言うか」よりも「どう聴くか」。
表情や目線、声のトーンといった
非言語の要素を研ぎ澄まし、
相手の言葉を最後の一滴まで
「聞き切る」
ことで、医師の心に渦巻く
「感情の毒」を最速で中和(解毒)できると
お伝えしました。
しかし、徹底的な傾聴によって
医師の感情が落ち着いた状態は、
いわば関係性が
「ゼロ(平時)」に戻ったに過ぎません。
プロフェッショナルとして
本当に勝負すべきは、
毒が綺麗に抜け、
医師の心にふっと訪れる
「対話の空白」の瞬間です。
今回は、前回お伝えした「聞き切り」の
土台の上に構築すべき、
失った信頼を劇的に回復させ、
むしろトラブル前よりも強固な絆で結ばれた
関係へとシフトさせる
「さりげない称賛」の技術と、
関係再起動(再スタート)のための
具体的な交渉術について解説します。
医師のプライドを最大級に尊重する「さりげない称賛」の力
感情の毒が抜けた後の医師に対して、
単に「これからは気をつけます」
とすごすごと引き下がるのは、
非常にもったいないことです。
ここで意識的に取り入れたいのが、
相手を「誉める」「讃える」という
高度なアプローチです。
ただし、あからさまなお世辞や
わざとらしい太鼓持ちは、
知性の高い医師に対して逆効果になります。
あくまで自然な対話の流れの中で、
医師の
「医療に対する専門性」
「誠実さ」
「患者さんへの配慮」
に対して、最大級の敬意(リスペクト)を
伝えることが鉄則です。
日常の現場で極めて自然に使える、
3つの具体例を紹介します。
「専門性」への称賛:
「先生からのご指摘は極めて的確であり、
私どもの学術的な認識不足を改めて認識する機会となりました。
深く反省するとともに、大変勉強になりました。 」
「臨床への誠実さ」への称賛:
「先生が常に患者さんを第一に考え、細やかなご配慮のもと
診療に尽力されていることを改めて認識いたしました。
私どもの認識不足と配慮の至らなさを深く反省しております。」
「対応への配慮」への称賛:
「このような状況にもかかわらず、
検証資料を迅速にご確認いただき、
また丁寧にご対応いただきましたことに
心より感謝申し上げます。 」
心理学における「自己重要感の充足」の観点からも、
自分のこだわりや信念を正当に評価してくれた相手に対して、
人間は強い好意と信頼を抱きます。
こうした言葉を通じて相手の自尊心を尊重する姿勢を明示すると、
両者の間に漂っていた緊張感は一気に和らぎ、
謝罪の場が、お互いを高め合う
「建設的な対話の場」へと昇華していくのです。
実務への応用:「謝罪の場」を「感謝の場」へ変える4ステップ話法
では、前回の「聞き切り」と、
今回の「さりげない称賛」を組み合わせ、
実際の面談の後半をどのように美しく締めくくるべきでしょうか。
失敗例と成功例を対比させながら、
実務で即座に使える逆転のフレームワークを提示します。
【失敗例:お詫びを繰り返して終わる後ろ向きトーク】
「この度は誠に申し訳ございませんでした。
以後、二度とこのようなことがないよう、
徹底して注意いたします。……
このたびは本当にとりかえしのつかないことをしてしまい
誠に申し訳ございませんでした。」
分析:
会話の終わりまで「ネガティブなお詫び」を
引きずっています。
医師の心には「トラブルを起こした担当者」
という暗い印象だけが残り、
次回の面会(ディテーリング)の
ハードルは高いままです。
【成功例:感謝と称賛で締める未来志向の4ステップトーク】
1. お詫びと感情への寄り添い(前半で完了):
「先生に、ご不快な思いをおかけしましたことを
改めて深くお詫び申し上げます。 」
2. ご指摘に対する感謝の表明:
「本日、率直にご指摘いただけましたことに
心より感謝しております。 」
3. さりげない称賛の投入:
「先生の患者さん第一の姿勢と高いご見識を伺い、
私自身大変勉強になりました。」
4. 未来に向けた前向きな誓いで締めくくる:
「今回のご指摘を今後に生かし、
より有益な情報提供に努めてまいります。
本日は本当にありがとうございました。 」
まとめ:謝罪は「終わり」ではなく「新しい関係の出発点」である
謝罪の本質とは、
過去の過ちを帳消しにすることではなく、
揺らいだ関係をこれまで以上に
強くつなぎ直すことにあります。
たとえ自分自身に直接の過失がない場合
(他部署のミスや不可抗力なトラブル)であっても、
目の前の医師に誤解や不満が生じた以上、
その「関係のズレ」をプロフェッショナルとして
誠実に修正する責任は、
当事者である私たちにあります。
そこから逃げずに正面から向き合う姿こそが、
医師の心を動かすのです。
謝罪とは、信頼の再構築に向けた
「最高の第一声」です。
相手の立場に100%立った姿勢を示し、
問いかけにより真意を深堀りして
感情に寄り添い、
最後は称賛と感謝で締めくくる。
このステップを踏んで交わされた深い対話は、
単なるトラブル処理に留まらず、
必ず「次の強固な訪問機会」を生み出します。
お詫びの言葉を心を込めて1、2回伝えたら、
後半は「感謝」と「リスペクト」へと綺麗に舵を切る。
このダイナミックな視点転換ができる人こそが、
製薬業界において最も信頼される
トップクラスのMRであり、MSLなのです。
「誠意は、やり方を間違えなければ必ず伝わる」
この言葉を胸に刻み、
明日からの現場で起きるあらゆるピンチを
「新しい関係の出発点(再スタート)」
として位置づけていくこと。
それこそが、私たちが目指すべき、
真の交渉力と人間力の真髄ではないでしょうか。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
