【説明しない勇気41】なぜ一生懸命な説明ほど「検討します」と流されるのか? 医師の信頼を勝ち取る「マーケティング志向」への転換
「売るためのトーク」が医師の心のシャッターを下ろしている
製薬業界の最前線でMRやMSLとして活動している皆さんは、日々こんな「見えない壁」に直面していませんか?
「製品の強みを完璧に説明したはずなのに、先生の反応がどこか冷ややかだ」
「何度も足を運んでいるのに、なかなか懐に入らせてもらえない」
「最後にはいつも『忙しいから資料を置いておいて』『また検討しておくよ』と言われて終わってしまう」
実はこれ、かつての私が毎日抱えていた悩みでもあります。当時の私は、用意した最新のエビデンスを、いかに分かりやすく、いかに熱を込めて伝えるかに必死でした。しかし、必死になればなるほど、先生との距離は遠ざかるばかり。
ある時、私はハッと気づきました。私の言葉が届かなかったのは、説明が下手だったからではありません。私の心の中にあった「これを処方してもらわなければならない」という強い販売志向が、無意識のうちに言葉の端々や雰囲気から滲み出て、先生の警戒心を呼び起こしていたのです。
「販売志向」の落とし穴と、信頼を築く「マーケティング志向」の正体
私たちは、売上目標や採用軒数といった数字を背負っています。そのため、どうしても「どう売ればよいのか?」「どうやって納得させればよいのか?」という視点に偏りがちです。これが「販売志向」です。
販売志向は、端的に言えば「自社の都合を優先する姿勢」を指します。
「とにかく目標達成のために採用してもらおう」
「製品の良さをすべて伝え切ろう」
「自分の都合(目先の利益)を重視する」
こうした姿勢で行うディテーリングは、医師側からすれば「押し売り」に他なりません。どれほど正しいデータであっても、相手のニーズを置き去りにした一方的な説明は、相手の貴重な時間を奪う行為になってしまいます。
対して、成果を出し続けているMRやMSLが共通して持っているのが「マーケティング志向」です。
マーケティング志向とは、顧客のニーズを満たすことを第一に考え、常に相手の立場に立って物事を捉える姿勢です。「どう売るか」ではなく、「どうすれば顧客のニーズを満たすことができるか」を出発点にします。
「この医師の診療において、今一番の課題は何だろう?」
「この先生が向き合っている患者さんにとって、ベストな選択肢は何か?」
この視点に立つと、ディテーリングは「製品紹介」から「価値提供」へと劇的に変化します。自分たちの都合を二の次にし、徹底的に医師の診療を支援するパートナーとして振る舞う。この姿勢こそが、医師の心のシャッターをこじ開け、深い信頼関係を築く土台となるのです。
相手の「メリット」から逆算するディテーリングの組み立て方
では、具体的にどうすれば「マーケティング志向」を現場で体現できるのでしょうか。それは、会話の主導権を「説明」ではなく「質問」に切り替えることから始まります。
心理学において、人は「自分のことを理解してくれようとする人」に対して心を開き、その人の提案を受け入れやすくなるという性質があります。
例えば、新しいデータの紹介をする際、いきなり「このデータは凄いです」と切り出すのは販売志向です。マーケティング志向であれば、まずは「先生は、最近の〇〇な症例の患者さんに対して、どのような課題を感じていらっしゃいますか?」という問いかけから始めます。
先生が抱えている課題やニーズを深く理解し、その解決策の一つとして自社製品を位置づける。
「先生がおっしゃったその課題、実はこのデータがお役に立てるかもしれないのですが、少しお時間をいただけますか?」
このような提案の構図を作ることができれば、医師はあなたの話を「自分のための情報」として真剣に聞くようになります。
マーケティングの本質は「自然に売れていくための仕組みを作る」ことです。ディテーリングにおけるその「仕組み」とは、医師の中に「このMR(MSL)は、自分の診療を本気でサポートしてくれる存在だ」という確信を作ることなのです。
ディテーリングを「価値ある相談の時間」に変えるために
私たちが日々行っている情報提供活動は、突き詰めれば「医師の意思決定を支援する活動」です。
もし今、皆さんが「なかなか先生に自分の意図が届かない」と苦しんでいるのであれば、一度立ち止まって自問自答してみてください。 「私は今、自分の数字のために話そうとしているだろうか? それとも、先生の目の前の患者さんのために話そうとしているだろうか?」
販売志向からマーケティング志向への転換は、一朝一夕にはいかないかもしれません。しかし、一回一回のディテーリングにおいて、「どうすればこの先生のお役に立てるか」という問いを自分に投げかけ続けることで、あなたの言葉には必ず重みが宿るようになります。
「説明しない勇気」を持ち、まずは相手の懐に入るための質問から始めてみてください。相手を尊重し、価値を提供しようとする姿勢は、どんな巧みな話法よりも雄弁にあなたの信頼を語ってくれるはずです。
より深い交渉術や、医師の潜在的なニーズを引き出す質問型交渉術について詳しく知りたい方は、ぜひこれからの学びを通じて、そのスキルを自分のものにしていってください。あなたの活動が「売るための仕事」から「感謝される価値提供」へと変わる瞬間、結果は自然とついてくるようになります。
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部合成化学科卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
