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【説明しない勇気51】医師の反論に「上手く切り返そう」とするほど信頼を失う理由。ディテーリングの成否を分ける、傾聴と共感のマインドセット

「切り返さなければ」という焦りが、医師との間に見えない壁を作る

製薬業界の最前線で活動するMRやMSLの皆さん。医局の廊下や診察室の短い面会時間の中で、医師から鋭い反論を受けた瞬間、あなたの脳内では何が起きているでしょうか。

「そのデータは信頼できない」

「今の薬で十分だ」

「薬価が高すぎる」

……こうした言葉を投げかけられたとき、つい

「何とかして論理的に打ち返さなければ」

「機転の利いた言葉で納得させなければ」

と身構えてはいないでしょうか。

かつての私もそうでした。会社から配布されたFAQ(想定問答集)を頭に叩き込み、先生の言葉の端々を捉えては、間髪入れずに「切り返し」を試みていたのです。しかし、そうやって「論破」に近い形で対話を制したはずの面会ほど、なぜか次の訪問では先生との距離が遠のいている。そんな苦い経験を何度も繰り返してきました。実は、私たちが「優秀な担当者」であろうとして磨く「切り返し術」こそが、医師との深い信頼関係を阻む最大の障壁になっていることがあるのです。

なぜ「機転の利いた切り返し」は現場で逆効果になるのか

私たちはなぜ、反射的に「うまく言い返そう」としてしまうのでしょうか。それは、反論を自分たちの提案に対する「攻撃」や、乗り越えるべき「壁」だと捉えているからです。しかし、交渉スキルの本質から見れば、この認識こそが最初のボタンの掛け違いです。


  1. 反論を「卓球のラリー」にしてはいけない

反論を「打ち返すべき球」だと認識した瞬間、コミュニケーションの質はキャッチボールから、激しい卓球の応酬へと変質します。相手がボールを打ってきたら、より鋭い回転をかけて打ち返す。この「反応の速さ」や「論理の鋭さ」を競う姿勢は、ディテーリングの場においては極めて危険です。なぜなら、医師はあなたと議論をして勝ち負けを決めたいわけではないでしょうし、ましてや医師を相手に議論をしても勝ち目はありません。反論が出たということは、少なくとも先生があなたの話を聞き、自身の診療現場に照らし合わせようとした「関心のサイン」です。それに対して即座に切り返す行為は、相手が投げた関心のボールを、そのままの強さで投げ返して突き放すようなものなのです。


  1. 感情の波に論理の剣を振りかざす危うさ

心理学的な側面から見ると、医師の反論の多くは「純粋なロジック」だけではなく、多分に「感情」や「自己防衛」が含まれています。多忙な業務の中でのストレス、新しい薬剤を採用することへの心理的な抵抗感、あるいは患者さんの負担に対する懸念。こうした「感情」の波が起きているときに、こちらが「機転の利いた論理的切り返し」を繰り出すと、どうなるでしょうか。 答えは「波長が合わなくなる」のです。相手が感情で話しているときに、こちらが冷徹な論理で返すと、医師は「この担当者は自分の立場を全く分かっていない」と心を閉ざします。正論であればあるほど、相手は自分の感情を否定されたように感じ、心理的な反発(リアクタンス)を強めてしまうのです。


  1. 反論の「扉」を閉ざす切り返し、開く傾聴と共感

ディテーリングにおいて、反論は「壁」ではなく、相手の本音へと続く「扉」です。機転の利いた切り返しで主導権を握ろうとする行為は、その扉に鍵をかけるようなものです。一方で、長期的な成果を上げ続けるMSLやMRは、反論を「扉を開くためのノブ」として扱います。彼らは、反論が出た瞬間に「よし、これで深い話ができる」と心の中で表情を緩めます。そして、言葉を打ち返すのではなく、その背景にある「なぜ、先生はそうおっしゃったのか?」という真意を汲み取ろうとする姿勢を最優先にするのです。そのためには、相手の反論の内容を具体的に「これでもか!」と思うぐらい受け止めて丁寧に聞く。つまり「傾聴」し、先生の立場なら確かにそう感じるだろうなと理解し「共感」する姿勢が重要となります。この「傾聴と共感」はコミュニケーションの基本中の基本ですが、反論対処の場面ではその重要性はより高まるのです。

反論は「攻撃」ではなく「招待状」である

今回は、反論に対して機転を利かせて切り返そうとすることの危うさと、まず「傾聴と共感」をもって受け止めるマインドセットの重要性について取り上げました。

反論は、医師があなたの提案に一歩踏み込んできた証拠であり、より深い信頼関係へと誘う「招待状」です。その招待状を破り捨てて「切り返し」という戦いを挑むのか、それとも丁寧に封を切り、背景にある先生の思いを読み解こうとするのか。この選択が、あなたのMR・MSLとしてのキャリア、そして組織としての成果を大きく左右します。

「うまく言い返してやろう」というエゴを捨て、相手の立場を尊重する勇気を持つこと。これこそが、小手先のテクニックを超えた、真のコミュニケーション・スキルへの第一歩です。

では、実際に「受け止めた」後、どのように対話を展開し、最終的な合意(納得)へと導いていけばよいのでしょうか。次回は、反論の背景にある「本音」を引き出し、先生自らが納得の答えを見つけるための、具体的なステップと質問の技術について解説します。

プロフィール

杉浦敏夫(すぎうら・としお)

1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。

プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長職、営業部門では東京支店長などを歴任する。

日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。

数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。

現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。

人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。

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