【説明しない勇気82】コンプラ規制で話せない?医師が本当に求めているのは「お役立ち」の信念。ルールを最大の味方にする質問型交渉術の真髄
「ルールがあるから話せない」の壁にぶつかり、医師との心の距離が遠ざかるあなたへ
製薬業界の最前線で、日々のディテーリングや
情報提供に奔走しているMRやMSLの皆さん、
そしてチームの成果とコンプライアンスの双方を
マネジメントするリーダーの皆さん。
医師とのコミュニケーションにおいて、
このような「息苦しさ」や「壁」を
感じてはいないでしょうか。
「未承認のデータについて
質問されたけれど、
ガイドラインが怖くて
踏み込めない」
「自社の規約(SOP)が厳しすぎて、
他社と同じ無難な説明しかできず、
医師の反応が良くない」
「熱心に製品をアピールしたつもりなのに、
最後は『検討しておきます』と
そっけなくあしらわれてしまう」
法律や規約、コンプライアンス
という言葉を耳にしたとき、
「自分たちを縛るもの」
「違反が怖いから制限されるもの」
といった後ろ向きな感情を抱く方は
少なくありません。
私自身、製薬会社に身を置く身として、
年々厳格化するルールを前に
「これではまともな営業活動も交渉もできない」
と頭を抱えた経験が何度もあります。
しかし、多くの現場を経験し、
トッププレイヤーの話法を分析する中で、
ある決定的な真実に気がつきました。
一流と呼ばれる担当者は、
ルールを「足枷」ではなく、
医師から絶対的な信頼を勝ち取るための
「最強の味方」
として使いこなしているのです。
なぜ彼らは規制の厳しい環境下でも、
医師の懐に深く入り込み、
本音を引き出すことができるのか。
今回は、ルールや規約の壁を鮮やかに突破する
コミュニケーションの真髄について
お話しします。
なぜ医師はデータを疑うのか?業界を震撼させた2つの教訓とルールの本質
「その情報は、本当に信頼できるデータですか?」
いま、医療現場の医師から
このような厳しい目線が
注がれるようになった背景には、
過去に製薬業界の信頼を根底から揺るがした
2つの重大な不正事例があります。
私たちがMRやMSLとして情報提供を行う以上、
この歴史的教訓を正しく知っておくことは
不可欠です。
第一の事例は、いわゆる
「ディオバン事件」です。
製薬企業の社員が複数の大学で
実施された医師主導臨床研究に、
製薬会社の社員という立場でありながら
その身分を開示せずに
統計解析者として研究に関与し、
データ操作や改ざんを行いました。
製品に極めて有利に導き出された解析結果は、
海外の一流医学専門誌に論文として掲載され、
大々的なプロモーションへと活用されました。
しかし、後に外部からの指摘によって
調査が行われ、データの捏造が発覚し、
複数の論文が撤回されるという、
医学界・薬学界に深い傷を残す事態と
なったのです。
第二の事例は、CASE-J試験で用いられた
「ゴールデンクロス」
と呼ばれる図表の不適切な提示です。
これは、降圧剤2剤を比較した介入試験における
心血管イベント(心筋梗塞など)の
発生率を比較したKaplan-Meier曲線が
販促資料に使用したケースです。
実際には2剤の間に統計学的な有意差は
認められなかったにもかかわらず、
36ヶ月時点でグラフが交差し、
それ以降は自社薬のイベント発現率が
対照薬を下回るかのように受け取れる
不適切なグラフが示されていました。
この図は「ゴールデンクロス」と称され、
大々的に広告資材として使用されましたが、
第三者の調査によって原著論文や原データには
そのような現象は確認されず、
薬機法における誇大広告と判断され、
当該企業は行政処分を受けることと
なりました。
これら2つの不正行為は、
製薬企業の情報提供の在り方を
厳しく問い直す契機となり、
「臨床研究法」や
「販売情報提供活動ガイドライン」
が策定される直接のきっかけと
なったのです。
私が、ある医師主導の大規模臨床試験の
担当部長を務めていた当時、
まさにこの「ディオバン事件」が発覚し、
世間を大きく騒がせました。
当然、医師主導臨床試験そのものに
対する社会的信頼が大きく揺らぎ、
現場は混乱の極みにありました。
しかし、そうした渦中にあっても、
私は不安や後ろめたさを感じることは
一切ありませんでした。
なぜなら、私たちは自社の
目先の利益のためではなく、
「日本の医学・医療の発展に資する、
目の前の患者さんのための試験である」
という強い自負と責任感を持って
取り組んでいたからです。
現在の臨床研究法に照らし合わせれば、
当時の運営には至らない点も
あったかもしれません。
しかし、
「日本人のエビデンス構築のために
我々には何ができるか」
という高い志を持って
誠実に取り組んだ行動に対して、
たとえ誰から何を指摘されようとも、
やましい気持ちなど
1ミリも生まれないのです。
法律やガイドラインの本質は、
私たちを縛る“制約”ではなく、
社会から信頼される存在になるための
“道しるべ”であり、
健全な関係を築くための基盤なのです。
ルールを「恐れる足枷」から「価値提供の後ろ盾」に変える3つの思考シフト
では、これらの厳しいルールを
「恐れる対象」から「活かす道具」に変え、
医師との交渉を有利に進めるには
どうすればよいのでしょうか。
私が実践し、研修でもお伝えしている、
明日から使える3つの思考フレームワークを提示します。
① すべての判断基準を「利己」ではなく「利他・貢献」に置く
「今月の数字を達成したい」
「自社製品の良さを説明したい」
という利己的なトークは、
医師の心理的抵抗(心理的リアクタンス)を生み、
不信感を抱かせます。
「この情報を提供することが、
目の前の先生、そしてその先にいる
患者さんの治療にどう貢献できるか」
という利他の精神を情報提供の核に据えてください。
② 法・規約を“敵”ではなく、対話を深める“ガイド”と捉える
ルールによって
「これ以上は説明してはいけない」
という境界線があるからこそ、
私たちは強引な押し売りをストップできます。
未承認情報や他社製品との比較を
ドクターから求められたときこそ、
「説明(プレゼン)」するのを止め、
質問型のアプローチへと切り替える
最大のチャンスです。
「先生、そのデータに関心を持たれるのには、
何かあったのですか?」
と問いかける。
ルールというガイドがあるからこそ、
私たちは自然に「質問者」のポジションを
取ることができるのです。
③ 自社ルール(SOP)は「できる範囲を明確にする設計図」と理解する
SOPを前にして
「分からないからやめておく」
と考思考停止に陥るMRは二流です。
プロフェッショナルは
「出来ない理由を数える」のではなく、
「どうすればこのルールの範囲内で、
最大の価値を正しく伝えられるか」
を考えます。
「その情報は話せません」
と突き放すのではなく、
「承認された範囲で申し上げますと……」
と、ルールを自分の後ろ盾として
堂々と前向きに応じるスキルが求められます。
交渉における説得力の源泉は、
言葉の巧みさや流暢な営業トークではありません。
法律という共通の土俵の上で、
「この人は本気で私や患者さんに
貢献しようとしている」
と医師に感じさせる、あなたのブレない
“信念”そのものなのです。
「ルール遵守」と「貢献」が重なり合う同心円。医師の生涯のパートナーへ
結局のところ、質問型交渉術における
最も重要なマインドセットは、
「相手の役に立ちたい」
「社会に貢献したい」
という純粋な利他の姿勢です。
私たちが日々行う情報提供も、製品紹介も、
すべては相手のために貢献し、
医療の現場を少しでも良くするための
尊い取り組みです。
法やルールは、その誠実な姿勢を
社会的に保証してくれる
「共通の土俵」にほかなりません。
だからこそ、私たちはルールを
「超えてはいけない恐ろしい線」
として怯えるのではなく、
「その中で最大限できること」
に挑戦していく強さを持つべきなのです。
もしあなたが、チームのメンバーを指導する
上司や組織のリーダーであるならば、
伝えるべきは単なる
「守るべき無機質なルール」
だけではないはずです。
その制約という枠組みの中で、
いかに「社会貢献」を果たし、
医師からの「信頼」を勝ち得るかという、
仕事の本質的な面白さを
語ってあげてください。
“ルール遵守”と“貢献”は、
決して対立するものではありません。
むしろ、お互いが美しく重なり合う
同心円のようなものです。
すべての法的判断や行動規範の背後には、
常に
「誰のために、何ができるか?」
という本質的な問いが存在します。
質問型交渉術もまた、まさに
その問いに真摯に向き合うための
具体的な方法です。
明日からの訪問やWEB面談に向けて、
まずは
「このディテーリングは、
先生のどんなお役に立てるだろうか」
と、自らの信念をノートに書き出すことから
始めてみてください。
あなたの問いかけの質が変わり、
言葉に本気の熱量が宿ったとき、
目の前の医師はあなたを
「ただのメーカーの社員」
ではなく、医療を支えるかけがえのない
「生涯のパートナー」
として選んでくれるようになるはずです。
コンプライアンスの枠組みを
完璧に味方に味方につけ、
医師とのエンゲージメントを
劇的に高めるための具体的な
「質問型トークスクリプトの設計法」
や、チーム全体の資質を底上げする
「お役立ち精神を育むロープレの回し方」
について、さらに深い学びを始めてみませんか?
プロフィール
杉浦敏夫(すぎうら・としお)
1965年、長野市生まれ。名古屋大学工学部卒業後、国内の製薬会社に入社。
プロダクトマネージャーとして大型新薬の上市を手がけた後、学術部、プロダクトマーケティング部、臨床開発部、教育研修部の部長、営業部門では東京支店長などを歴任する。
日本人を対象としたエビデンス構築の必要性に着目し、多くの臨床試験の企画・運営を主導。そのうち代表的な2つの研究の結果は、国際的に権威のある医学専門誌に掲載され、国内の診療ガイドラインにも引用されている。
数多くのトップ・オピニオン・リーダーとの対話を通じて「質問の力」の本質に触れ、営業力強化の分野で著名な「質問型営業®」開発者・青木毅氏に師事。
現在は、第一線で活躍する営業職やマネージャーを支援する取り組みに注力している。趣味はカメラ、ソフトボール、ゴルフ、温泉旅行。
人気PodCast番組『青木毅の質問型営業』に著者として出演(第540回, 2025年9月19日配信)。
